素材を求めてⅡ
いつものような悪戯をする笑みではなく、本気で心配をする表情に勇輝はどう言葉を返していいかわからずに、桜と視線を交わすことしかできない。
「クレア様、お二人を心配するのはわかりますが、その辺にしておいたらいかがですか?」
クレアの横にいたメイド服の銀髪の女性が、助け舟を出してくれた。しかし、その視線はクレアよりも幾分か鋭い。その方が勇輝にとっては心臓に悪い。
「メリッサ。一応、あたし、元生徒会長よ。色々とやらかしていたことはあるけど、超えちゃいけない一線は守って――――いたつもりではあるわ」
(今、誤魔化したな?)
事実、クレアがいろいろとやらかしたせいで、現生徒会長から彼女は目の敵にされている。
少なくとも、勇輝が知る限りでは学校の禁書庫に忍び込んでいることは知っていた。そして、勇輝も彼女と同じ方法で忍び込んでもいる。
「良いですか? 赤子を授かれば、せっかく留学してきた意味がなくなります。桜様、あなたの人生はあなただけのものですので、その点は愛する人であってもしっかりと拒否することが大切ですよ」
「あ、赤ちゃんって、私にはまだ早いですっ!」
桜はさらに顔を真っ赤にして両手を前で振る。そんな彼女の姿を見てもメリッサは眉一つ動かさずに、視線を勇輝へと動かした。
「猿ではないのですから、我慢できますよね? 愛する人の為ですもの」
「もちろんです――というか、俺は我慢しているつもりはないですけどね。二人でいるだけでも幸せなので」
勇輝はきっぱりと言ってのけると、メリッサがわずかに目を丸くした。
「――クレア様。諫めるつもりが惚気られてしまいました。どうしましょう」
「あぁ、やめとけやめとけ。勇輝って、本当に超がつくほど真面目なところがあるからな。下手に踏み込むと火傷じゃ済まない」
顔を扇ぐようにしてクレアは苦笑いをしている。勇輝はムッとしながらも、クレアに不満気に問いかけた。
「……バカにしてるのか?」
「誉めてるんだよ。隣を見てみなって、あんたの言葉に胸を撃ち抜かれた奴がいるよ」
クレアがガンドで撃つ真似をした後、手の平で桜の方を示す。勇輝は訝しみながらもそちらへと首を動かすと、両手で顔を包み込む桜がいた。もはや火山の噴火寸前といった表情で、上半身を前後に揺すったり、足をバタバタと動かしている。時折、呻くような声がどこかから漏れ出る。
数秒間、そんな状態を続けた後、桜は急に勇輝の服を掴んで前後の揺さぶった。
「そういう、恥ずかしいこと、他の人が、いる前で、言わないで!」
涙目になりながら訴える桜に、抵抗できず勇輝は正面にいる二人へと助けを求める視線を送る。しかし、二人とも勇輝がそうなるのは当然だとばかりに冷ややかな――ともすれば、微笑ましい物を見る――目で成り行きを見守っていた。
「わ、悪かったって。そういうのは二人きりの時にするから」
「だから、そういうの!」
桜が勇輝の頬を摘まんでそれ以上は話させないようにと軽く引っ張る。勇輝はどうしようもなくなって、両手を上げて降参のポーズのまま桜にされるがままの状態になった。
「さて、もうすぐシルベスター伯爵領です。お二人とも仲睦まじいのは良いことですが、失礼があってはいけませんので、ここからは落ち着いていただけると助かります」
「は、はい、スイマセン」
メリッサの忠告を受け、桜がゆっくりと頬から指を離す。その直後、クレアたちからは見えない側の頬を、桜がそっと撫でていった。
「しかし、勇輝たちだけじゃなく、なーんであたしたちまで行くことになったのか。不思議で仕方ないね」
「仕方ありません。何せ、宮廷魔術師であるシルベスター伯爵たっての頼みなのですから。何かあっても対応できるように、私もついて来ているので、そこまで不安がらなくても大丈夫ですよ」
「貴族としての振る舞いとかは心配ない。そうじゃなくて、何か裏がありそうで怖いってこと」
クレアは頭の後ろで手を組んで、天井を見上げた。勇輝もここに来るまでに、「ある意味で」話が上手くいきすぎていることに違和感を抱きつつ、そのきっかけになったことを思い出す。
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