後処理Ⅶ
上半身を起こそうとした桜を勇輝は肩に手を添えて留まらせる。
「桜、魔力の使い過ぎで意識を失ってたんだから、無理に起きない方が良いよ。それよりも頭痛とかは大丈夫か?」
「大丈夫……少し体が重く感じるけど、動けないほどじゃない。それよりも、ここは……ギルド?」
桜が周囲を見渡して、不安そうにする。
すると先程まで話していた職員が勇輝の近くまで寄って来た。
「失礼しました。目を覚まして混乱していると思われるので、説明しましょう。メインストリートでの騒ぎに活躍していただいた方に、事情を聞いていたのです。そこで、彼とあなたにも話を聞かせていただきたいと思い、無理を言ってここに留まってもらいました」
「そうですか。その、寝たままでいいのならば大丈夫ですよ」
「申し訳ありません。では、まず騒動全体の概要とあなたがどう関わったかについてを――」
職員二人が椅子と机を動かして、メモを取り始める。
勇輝もまた椅子をベッドの横に移動させ、桜の手を握る。少しばかり冷たい感触が返って来るが、それも勇輝の体温で温められ、次第に薄れていった。
(桜の話の中でも、多分、俺や他の人との情報は大差ない……メルクさんの足取りは掴めない、か)
出てくる情報のいくつかは勇輝が屋上にいた時の話で、勇輝も知らない内容がいくつかあったが、注目すべき事柄はないように思われた。
ただ、職員たちの反応から、メルクが金貨を溶かす速さが想像以上であり、魔力制御に長けていることがわかった。火を放出する際の火力はもちろん、その熱を周囲に逃がさないで一気に温度を上げるというのは錬金術師が用いる技術でも高等なものだという。
だからこそ、それほどの技術を持ちながら先程の依頼履歴の中に論文査定が入っていなかったことが、余計に際立って感じる。
職員たちは戸惑いを見せながらも、桜の体調を気遣ってか、素早く聞き取りを済ませてくれた。メモをしていた羊皮紙を巻くと、魔術師ギルドの職員は出て行ってしまう。
「一応、この部屋に残ることもできますが、どうされますか?」
「いえ、彼女は俺が連れて行きますので」
「そうですか。ご協力ありがとうございました。何かありましたら遠慮なく受付に申し出てください。――コルンさんも心配してましたよ」
銀髪で謎の角がある受付嬢。この街に訪れてから何度も顔を合わせる受付嬢だが、よくよく考えればギルドで会う機会がかなり多い。
「……そう言えば、ギルドではよくコルンさんが対応してくれるんですけど、もしかして気を使われてます?」
「あれ? ご存じなかったんですか? 薬草採取依頼でギルドの納品記録を更新しただけでなく、ゴルドー氏の事件で叙勲されたこともあって、その時から専属受付嬢と同じ扱いになってるんですけど」
「……聞いて、ないです」
そもそもそんな制度があったのかすら知らなかった。本気で勇輝が目を丸くしているのを見て、職員は苦笑いし始める。
「あぁ、コルンさんは結構、大事な説明を抜かすことがあるんです。これでも直ってきた方なんですけどね。私より先輩のはずなんですが……」
「じゃあ、今度、その専属受付嬢の説明をしてもらうことにします。今日は彼女を少しでもゆっくりさせてあげたいので」
「引き留めてしまって、すいませんでした」
そう言って職員は扉を開けてくれる。
勇輝は桜を抱き起し、自分の背中へと背負った。既にマリーたちとは聞き取り調査が始まる前に、終わり次第、待たずに寮へ帰ることを決めてある。
立ち上がった勇輝の首筋に桜の吐息がかかり、思わず体が震えた。
「では、失礼します」
何とか足が崩れ落ちそうになるのを堪え、勇輝は部屋の外へと歩き出す。既に陽は沈んでいたようで、ホールの明かりが眩しく勇輝たちを包み込んだ。メインストリートで起きた事件が尾を引いていることもあって、冒険者の数は普段よりも少なく感じる。
そのおかげで、桜を背負っている姿は目立つにはずなのに、向けられる視線は少なくて済んだ。勇輝はそのままギルドの外へと進む。
出た瞬間に頬を冷たい風が撫でるが、驚くほどに体は温かいままだ。それもロジャーによって改良を終えたコートに着替えたことが大きい。前よりも性能が格段に向上していると豪語していただけあって、寒さはほとんど感じない。
「桜、寒くないか?」
「うん。勇輝さんのコートが温かくなってるから平気」
「良かった。でも、風自体は冷たいから、出来るだけ早く着くように急ぐようにする」
「……私はこのままなら遅くても良いんだけど?」
そんな桜がわざとらしく勇輝の耳に口を寄せて呟く。くすぐったく感じるのと同時に愛おしく思えてしまう。体の奥でふつふつと湧き上がって来る情欲がないわけではないが、それよりも桜の体調の方が大切だった。
「ダメです。今日は早く帰って、ゆっくり休む! ご飯は後で俺が買ってくるから、部屋で大人しく待っててくれよ」
「えー」
「えーじゃない。実際、動くのは少し辛いんだろ? いつも俺のことを頑張りすぎって言うけど、桜だって同じなんだからな」
勇輝は軽く体を上下させて桜を背負い直すと、肩越しに振り返った。暖かい空気越しに桜と視線が交わる。
「今日はゆっくり休もう。それで元気になったら、またみんなで出かけるんだ」
そう言って二人で見上げた空は、いつの間にか雲がいなくなっており、満天の星が広がっていた。
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