迷宮Ⅰ
最後の階段だと思って一気に駆け上がると、そこには何もない遺跡の部屋が広がっていた。正確には、部屋の中央にあるものを除いて、宝箱も素材もモンスターも、そして扉や入口になるような穴すら存在していない。
唯一、あったのは転移用の水晶。嫌な予感がアンドレの中で駆け巡る。今回のダンジョン探索が狂った元凶。それがこの転移用の水晶だからだ。
「アンドレ……」
「言うな。俺だってわかっている」
やっと見つけた出口への手がかりになるか。はたまたリスタートの悪夢に陥るか。もはやリーダーであったアンドレも冷静に物事が考えられなくなってきていた。一歩一歩、罠を警戒し近づくアンドレだったが、拍子抜けするほどに何も仕掛けられていない。
汗が顎を伝い、床へと落ちる。長い時間彷徨ったせいか、疲労も尋常ではなく、自分がまっすぐに立っているのかすらわからなくなっていた。そんな体が不意に軽くなり、意識がはっきりとし始める。
「ダメだよ、アンドレ。一番最後の瞬間が一番しっかりしなきゃいけないんだって、いつも言ってるじゃないか」
「す、すまんな。俺としたことが、お前の貴重な魔力を使わせるだなんて、な」
ケヴィンのかけた回復魔法は、このポーションの尽きたパーティ、いや、この二人の唯一の回復手段だった。しかし、魔力の回復も十分な休息と栄養があってこそ、ケヴィンの残存魔力もそろそろ危うくなってきていた。
二人は何としてでも、ここを抜け出さなければならない。その想いを背負ってここまで来ている。この最後の瞬間で、失敗するわけにはいかないのだ。
「よし、気を引き締めていくぞ」
「うん」
ケヴィンにかけられた言葉に最後の気力を振り絞り、アンドレは前の水晶までの道のりを睨む。ワイヤータイプのトラップはなし。魔法の感知トラップも今のところ感じられない。ここまで来ると一番オーソドックスなのは踏み抜き式の感知トラップが一番有り得て、そして一番見分けにくい。摺り足よりもさらに慎重に前の床へと体重を少しずつ掛けて進んでいく。足裏の僅かな違和感を見逃さないように、全神経を集中させた。
水晶までの距離はもう五メートルを切り、あと数歩で手の届く位置にある。しかし、アンドレは自分に慌てないように言い聞かせ、少しずつ足を進める。距離が迫るにつれて、太ももが震え始める。
あと三、二、一――――
残り一メートルを切ろうとした瞬間、アンドレの動きが止まった。
「……やっぱり、思った通りだ。ここを作った奴は本当に意地が悪い」
ゆっくりと進めた足を戻すとアンドレはケヴィンへと振り返った。
「気をつけろ。水晶の周り一メートル前後に何らかの罠が仕掛けられている。触ろうとして近づけばアウトだ」
「じゃ、じゃあ、水晶に触れないじゃないか」
「いや、そうでもないさ」
アンドレはケヴィンが恐る恐る近づいてくると腕を伸ばした。
「トラップは床感知系だ。空中ならばさほど問題はない。ちょっとケヴィンを持ち上げて触ってもいいし、飛びついてもいい。いずれにせよ、触る方法はいくらでもあるさ」
アンドレの言葉でケヴィンの顔に笑みが広がる。
その時だった。二人の後ろから物音が響く。すぐに剣と杖がその方向へと向けられると入って来た入り口の影から男が姿を現した。
「よ、良かった。間に合ったか」
「ジェット! 生きてたんだね」
「あぁ、何とかな。片腕がちょっと逝っちまってるが、何とか動けるさ」
そう言って目を向けた腕は明らかに紫がかっており、酷い打撲――――最悪、骨折の可能性も考えられた。ケヴィンの残存魔力からしてギリギリ、応急処置ができるくらいだろう。
反対の腕で寄りかかっていた壁を押して、向かってくるジェットにケヴィンは駆け寄ろうとしてアンドレに腕を引っ張られた。
「アンドレ?」
「ジェット。一応、決まりは覚えているな。合言葉は?」
「わーったよ。『ジョーカー』だ。これでいいだろ?」
「そうだな。ところで一つ聞きたいんだが、その酷いケガ、いつしたんだ」
剣を下ろして警戒を解いたアンドレはケヴィンの腕を握ったまま、ジェットの左腕に目を落とす。距離が先程より近くなった分、その酷さがより鮮明になる。本来、筋肉があるべきところが一部陥没していたりして、腕の形状を保っていなかった。
「お前らも見てただろ。あいつに突っ込んで行ったときの爆発だよ。至近距離で爆破石を握れるだけ握って叩きつけたのに、生きてるのが不思議なくらいだ」
「そうだな。そんな酷い傷を負うくらいの爆発だったのに、なぜ服は無事なんだろうな?」
その言葉にジェットもケヴィンも動きが固まった。ジェットの服は汚れこそあるが、破れも千切れもせず、その形状を保っていた。
「……あーあ、気付かなけりゃ。もっと簡単にことが済んだのによ!」
「ケヴィン! 後は頼んだぞ!」
「え?」
アンドレに思いっきり引っ張られたケヴィンは気付くと宙を舞っていた。その目の前の視界には水晶玉が迫っている。思いっきり伸ばした腕が水晶玉に触れる瞬間、彼が最後に目にした光景は、アンドレが剣を振りかざしてジェットに突っ込んでいくところだった。
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