後処理Ⅴ
伯爵の瞳には、意外にも怒りの炎は宿っていなかった。むしろ、氷のような冷徹な雰囲気を感じさせる。
勇輝は伯爵が感情ではなく、法に則って粛々と手続きを進めるようなタイプだと想像した。
「君は、何か知っているかね?」
「えぇ、金貨を溶かすことを提案し、その金貨を提供したのは俺です」
「……ほう。それが罪と知っていての行動かね?」
堂々と告げた勇輝に対し、伯爵はわずかに眉を持ち上げて正対する。
その表情はあまり変化していないが、どこか勇輝に興味を持ったような印象を受けた。
「そのような法律があるかは知りませんでしたが、硬貨を傷つけることが罪になる可能性があることは理解していました。何せ貨幣は国と人を動かすための原動力ですから」
「なるほど、そこまで理解していながら実行に移したか。確信犯ならば反省の意思なしとして罪が重くなるぞ」
目に顔が映るのではないかというくらい顔を近付けて来たので、勇輝は少しだけ背を仰け反らせる、
「お金と命。失っても取り戻せるのはどちらか。考える間でもない選択です。硬貨の価値を知っているのならば、それでは買えないものがあるのも御存知でしょう? 俺は今回の行為が違法な行為であったとしても、それが否定される条件を満たしていると考えますが」
「なかなか口が達者だな。それを判断するのは君ではなく、私だ」
「……国王様ではないのですね?」
「貨幣に関連する諸々の対処は私に一任されている。すなわち、私の判断が陛下の判断の代わりだ。あのお方の手を煩わせる必要はない」
臆すことなく正論を述べてみたが、勇輝は少しばかり旗色が悪いと感じた。このまま行けば、目の前の伯爵によって牢獄送りにされる可能性がある。
ただ、あの国王が国民を救った人間に対して、そのようなことをするとは到底思えない。伯爵には何か別の目的があるのでは、と勘繰ってしまう。
「では、お好きなように。俺は人を助けられたから満足です。そちらは理由はどうあれ法を犯した人間が裁ければいいのでしょう?」
「……何が言いたい?」
伯爵の目がわずかに細まる。勇輝はそれをまっすぐに――ほんの少しの笑みと侮蔑の眼差しで――見返して口を開いた。
「いや、騎士を叙勲された時の国王様の言い分とは随分と違ったことを言うんだな、と思っただけですよ。どこの誰のことかは明言しませんが――程度が知れる」
「……」
伯爵が初めて口を閉ざした。互いに無言のままにらみ合いを続ける。そんな中、伯爵の手が勇輝の胸倉を掴んだ。
すると、その空気に耐えられなかったのか、魔術師ギルドの職員が二人の間に割って入った。
「シルベスター伯爵。今は、こちらの事件の話を聞くのが最優先です。いかにあなたが宮廷魔術師の地位にあり、彼に硬貨損壊の容疑がかかっていようとも、起きた事件の順番で処理をするのが決まりです。それを覆すのならば、それこそ国王陛下の許可が必要になります。それ自体はあなたの管轄ではないはずです」
「……いかにも。だが、案ずるな。その必要はたった今なくなった」
職員の腕の向こうで伯爵がゆっくりと距離を取る。職員が伯爵を警戒しながらも腕を降ろすと、伯爵がニヤリと笑った。
「彼からは嫌な感覚がしなかった。違和感はあるがな。恐らく、本当に周囲の者たちの為に全力を尽くしたのだろう。フレディ・トーマス・シルベスター、先程の非礼を詫びると共に陛下の民を救ってくれたことを感謝する」
急に姿勢を正した伯爵は、本当に先程までの威圧的な態度を一変させて頭を下げる。
変貌に勇輝が戸惑っていると、伯爵は神妙な顔で語り始めた。
「この国の硬貨には、とある魔法が掛けられている。それを解析して悪用しようという輩がいないとも限らない――実際に、そういうことをしようとした輩も多い。だから、少しばかり手荒な手段を取らせてもらった」
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