後処理Ⅱ
勇輝の魔眼には桜の杖から水銀に向かって杖よりも遥かに太い光の線が伸びているのが見えた。しかし、メルクが放っていた光とは違い、水銀の表面で弾かれてしまっているように見える。アイリスやソフィならともかく、魔力によって水を操るのは桜にとって難易度が高い。恐らくは、その操作の難易度を埋める為に膨大な魔力を一気に放出しているのだろう。
「まずい、桜の魔力が尽きるっ!?」
勇輝が咄嗟に桜の手首を掴み、自身の魔力をさらに籠める。魔眼を開いたことで、再び視界が歪み、意識が飛びそうになる。それを下唇に歯を立てて、無理矢理痛みで意識を保つ。
「二人とも、私が変わります! 早く避難を!」
「ダメだ。今、力を抜いたら、一気に落ちて来る!」
ソフィが声を上げるが、勇輝はすぐにそれを否定する。いくらソフィが水を操ることに長けていたとしても、今の魔力の放出に対して落ちてくる水銀の速さから交代する余裕はない。
勇輝は桜を引きずるようにして水銀の影響が少ないだろう路地へと向かう。
「最悪の場合、水銀が流れ込むのは仕方がない。誰か水路を堰き止めてくれ……」
水よりも圧倒的に重い水銀は、水路の底を進んで行くだろう。それならば、せめてそれを防げば影響は最小限に防げる。
問題はそれをするだけの余裕が誰にもないことだ。特にこの中でそれが可能なのは土属性の魔法を得意とする桜だが、彼女は勇輝と共に落ちてくる水銀を何とかするので精一杯。とてもではないが、そちらにまでは手が回らない。
「ふむ、それくらいなら、お安い御用だ。小僧」
「「――――えっ!?」」
聞き覚えのある声に、勇輝と桜が後ろを振り返ろうとする。その最中、頭上から大きな音と共に辺りが暗くなった。
「液体が零れそうならば、それを受け止める皿を作ればいいまで。至極簡単なことだ。――才ある者にとっては、だがな」
声のする方ではなく、より大きな変化があったらしい上空へと視線を向ける。すると、そこには落ちてくるはずの水銀は見えず、茶色の大きな天井が出現していた。
勇輝は魔眼を解除して、それ全体を見渡すことで、何が起きたかを理解した。メインストリートの地面から幾つも突き出る岩の槍。それらが大きな岩の皿の足となって支えている。驚くべきことに、支えているのはメインストリートから突き出した岩の槍だけではない。いくつかの建物からも岩の槍が突き出ており、皿自体を形作ったり支えたりする役割をしていた。
「驚いて声も出んか。結構結構。たまには大規模に魔法を使うのも悪くはない」
「なっ!? ロジャーさん!?」
改めて声がした方を振り返ると、そこにいたのは小柄で髭の生えていない彫の深い顔をした老人。魔術師ギルドの副ギルド長をしている錬金術師であった。そして、同時に勇輝の命を何度も助けてくれたコートの制作者でもある。
「ふむ、なかなかに難儀な物質を持ち込んでくれたな。小僧のか?」
「いえ、違います。ギルドの依頼に出ていた『生きた銀』が暴走していたので、何とかしようと……」
「はぁ、暴走……。何が起きたかはわからんが、水路に落ちでもしたら大変なことになっておった。こんなことをしでかしたら、流石にあの温厚な国王も怒り狂うぞ。とりあえず、アレは何とかして留めておく。ちょうど、使えそうな人員が来ているようだしな」
ロジャーが顎をしゃくって勇輝たちの背後を示す。
生きた銀がただの水銀へと戻った結果、周囲の結界が解除されたようで、騎士や魔術師ギルドの職員がものすごい勢いでこちらへと押し寄せてきていた。それだけに留まらず、上空からは箒に乗った人が十数人旋回しながら降りてきている。
「やれやれ、これは大事だな。まぁ、儂はちょうど仕事をやり終えて機嫌がいい。下らん事件の後始末くらいは手伝ってやろう。どうせ、儂の所に回って来るなら最初からやっておいた方が楽だしな」
そう言うと、ロジャーは杖を持っていない手を迫りくる増援部隊に向けて振った。
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