完全回収Ⅴ
本来の火球ならば爆発する威力で敵を攻撃する魔法。しかし、マリーが唱えた呪文は「焼き尽くせ」。すなわち、爆発ではなく、延焼を目的とした能力をもつ魔法になっている。
唱える呪文によって、効果に差異が生まれるのは道理だが、マリーの魔法はさらに一つ、その上を行く。
「火の魔力制御か」
メルクが感心したように炎に包まれた斧を見る。
水を魔力で動かすのと同じように、魔法で生み出した火球を魔力でコントロールする技術。そして、マリーはそれで火球の軌道を変化させただけでなく、魔力を送り続けることで斧を燃やし続けていた。
「そういえば、ローレンス領の狼狩りで使ってたっけ!」
桜の表情が明るくなる。勇輝もまたリハビリの中で、マリーが火球を縦横無尽に操って、勇輝にけしかけてきていたことを思い出した。
「なるほど、自分の見える範囲ならずっと斧を追い続けて燃やし続けられる。いや、魔力を吸わせ続けられるのか」
「そういうこと。でも、そこの兄さんの言った通りだ。全力で追加の魔力を注ぎ込んでいるのに、むしろ火球が消えちまいそうだ!」
マリーは笑みを浮かべていたものの、すぐに一転。苦し気なものに変わった。
宮廷魔術師であった母親の特訓を受けたマリーは、魔力量や制御力が格段に上昇していたはずだ。その力は全力で魔法を放てば、辺り一面を焼け野原に出来るだけの力がある。実際に蓮華帝国の補給部隊を、炎で一掃した戦歴も残すほど。そう簡単に魔力が尽きるなど考えられない。
「確かに彼女の魔力制御、魔法は共に恐るべき練度だ。周囲のマナを取り込んでいることもあって、数十人分の吸収に匹敵するだろうね」
メルクは小さく拍手をする。ただ、その顔には笑みなど無く、むしろ、険しさが垣間見えた。それは彼が誰よりも、現状を打破するには一手も二手も足りないことを理解しているからだろう。
「でも、そこまでだ。生きた銀を魔物化から脱するほどの魔力には到底及ばない。水を操る彼女たちと同じように、君の技も普通の人間が習得するのは難しいはずだよ。それに見たまえ。ここに避難してきた人たちも魔法を使えるはずだろうに、君たちを手伝う素振りすらなく、路地裏へと消えて行ってしまった。残念だけど、数十秒後には君の魔力切れで生きた銀が活動を再開する」
「はっ、悪いね。その前にあたしたちの援軍が到着する予定なんだ」
「なんだって?」
メルクは勿論、勇輝も驚きを露にする。援軍を呼ぶ暇などどこにもなかったはずだ。あるとするならば、この騒ぎに気付いたギルドや騎士団くらいのものだろう。しかし、冒険者ギルドの職員は人命最優先で避難の誘導。騎士団が来るには城は少しばかり離れている。魔法学園や魔術師ギルドの職員も同様のはずだ。
「お忘れですか? 私には精霊石だけでなく、こういう物が創れたことを」
「あっ!?」
ソフィの掌には、小人に蝶のような羽が生えた――妖精の形をした水が出来上がっていた。それを見た瞬間に、勇輝や桜は妖精庭園を抜け出した後、彼女が試しにと創り出して偵察に使っていたことを思い出した。
「彼女がいる場所はわかっているので、これで伝言を頼んだんです。勇輝さんが屋上に向かった時に。ところで、メルクさん。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「な、なにかな?」
ソフィの手に浮かぶ水を凝視しながら、メルクは頬を引き攣らせていた。
見た目からは想像できない魔力制御の高さに驚いているのは当然だ。だが、それ以上に彼はそんなソフィに何を聞かれるのかと緊張した様子だった。
「ドラゴンの炎に宿った魔力は、人間の魔力何人分でしょうか?」
ソフィの口から紡がれた言葉に、今まで他人事のように笑っていたメルクが顔を蒼褪めさせた。
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