完全回収Ⅱ
水路の流れの一部をアイリスが堰き止め、ソフィが冷やす。
もともと、気温が低かったこともあり、時間もそこまではかからなかった。水路から直接吹き上がっているので、地面に降ろす必要もなくその場で固定されている。
「よし、上手くいった!」
マリーが手を強く握って笑うが、勇輝は気が気ではなかった。このまま、斧を封じ込めておけるのかだけが問題だ。
ソフィが創り出した氷柱は完全に斧を包み込み、罅が入っている様子はない。金属と水の質量や強度を考えれば、斧の方が圧倒的に上。しかし、初速がない以上は、止まった状態からどれだけの力を出せるかという点にかかっている。
「魔力を注ぎ込んで強度を上げることはできるんだよな?」
「もちろん。でも、限界がある」
「そこは私の魔力と技術で何とかします。もし罅が入ったら――」
「大丈夫。私が、やる」
アイリスは杖を見えない水路の下の方へと向けながら、斧の様子を窺っていた。
「さっきの加速からすると、けっこうパワーはあると思う。最悪、氷柱ごと倒して来るかも」
そう告げたアイリスが杖を引き上げると、見る見るうちに氷柱の周囲を水路の水が昇り、凝固していく。弱いものを補強するのではなく、より強い状態にして対応するというつもりなのだろう。
「私の出番はなくても良さそう、かな?」
「おいおい、そういう時に限って何か起こるんだって。前に勇輝も言ってただろ」
マリーが口の前に人差し指を立てる。その視線が桜からその背後へと向けられた。
「やあ、どうやら生きた銀を見つけてくれたみたいだね」
「あ、この前の――メルクさん、でしたっけ?」
メルク、という単語に勇輝は振り返る。
そこには先日、体をぶつけた際に、生きた銀の捕獲を頼んで来た金髪のイケメンが立っていた。勇輝はガンドの構えをしたまま、路地裏へと近寄る。
「聞きたいことがある。生きた銀って、まさかとは思うけど、水銀のことか?」
「もちろん。錬金術において重要な研究対象である液体の金属。こっちの界隈では、よく言う表現だったと思うけど……学園では習っていなかったか。あぁ、いや、その前に本当に一人でに動くことの説明も言っていなかったね」
「あれって、いったい何なんだ!? 水銀が人間の体内に入ると毒になる。そんな危険な物をこんな風にするなんて」
勇輝が怒りの籠った眼差しを向けると、メルクは申し訳なさそうに頭を掻く。
彼もこのような事態を引き起こすつもりは無かったのだろうが、それにしては危機感が足りないように見受けられた。
「あいつらは魔力収集用の為に弄った疑似生命体でね。ある程度まとまって動くから水銀をまき散らすことはしないと思うけど、それは君たちからするとわからないから心配するのも仕方がないか」
「それで、あたしたちは捕獲することに成功したんだけど、飼い主としてさっさと首輪をつけてくれない?」
マリーが親指で氷柱を指し示す。まだ、近くに残っていた人や店の中の人が、閉じ込められた斧を見に少しずつ近付き始めていた。
物珍しそうにしている一方で、先程の暴れた光景も見ているせいか、あまり近くまでには寄ってこない。
「あの様子を見ると、ダンジョンに長いこといたみたいだ。魔物化して、私の指示をしっかり聞いてくれそうにないな」
「聞いてくれそうにないな、じゃなくて、聞かせる責任があるんだよ。何か方法はないのか? あるんだろ? さっさと方法を言えって!」
アイリスとソフィが一生懸命に魔法を発動しているのに、呑気なメルクにマリーはイラつきを抑えきれないようだ。今でこそ、言葉で説得しようとしているが、メルクの返答次第では胸倉を掴みかねない形相になっている。
メルクは頭を掻くのを止めて、氷柱の中の斧を凝視した。
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