死の舞踏Ⅲ
「――なるほど、話は大体わかりました」
詰所の一室にて、ギルドの職員とクリフ、ユーキが話をしていた。
「まずは冒険者たちですが、捕縛した一名は槍に突き刺されようがお構いなしに――まるで狂気に染まったかのように暴れ続けているようですね」
外から聞こえるうめき声の方に視線を動かし、職員はため息をつく。
「現在、魔法使いと神官一名ずつが沈静化を図っていますが上手くいっていない。ただでさえ、我々の所属の冒険者がご迷惑をおかけしているというのに、二重に申し訳ありません」
「いや、人間である以上、悪に染まる輩も必ずいる。それはあんた方の責任じゃない。それを唆した奴の責任じゃ」
そういってクリフはユーキの差し入れた飲み物を口に含む。
「ん、いい味だ。あとで、この店を教えてくれんか」
「あ、はい」
真面目だと思ったら、結構な破天荒な人のようで、先ほども何度か話が脱線した。
ギルド職員の人は盛大にため息をついて、話を元に戻す。
「では、本題です。ゴルドー男爵が見つからないということでしたが?」
「あぁ、間違いなく男爵はここに来た。そして戦闘が終わった時にはいなかった。それは、ここにいた部下全員が証言するだろう。さて、奴はどこに隠れたのやら」
全員がうなりながら考えていると、ドアが開いた。全身を白と青の服で着飾った神官で、眼鏡をかけた金髪の美青年だった。ギルド職員が呼んだ神官で、治療にあたっていたはずの男だ。
「まずいことになりました。あらゆる秘術を試していたのですが――彼らの反応からするに、これしか答えはありません」
神官の顎を汗が伝い、床に落ちる。つばを飲み込んで一拍置いた後、彼は口を開いた。
「全員、屍人化しています」
「なんだ、と!?」
ユーキ以外の二人が思わずと言った様子で立ち上がる。
クリフに至っては手をこれでもかという程、力強く握って震わせていた。額には血管が浮き出て、顔は憤怒の表情に染まっている。ユーキの目の前にいたギルド職員からは、ただならぬ圧力がにじみ出ていた。
「それは冗談では済まされない話だ。間違いないのか?」
職員の呼びかけに神官は頷いた。
「間違いありません。彼らは既に人の皮を被った化け物になり果てています。そして――――」
眼鏡が灯りに反射されて光る。その奥の瞳は左右に忙しなく揺れていたが、決意のような強い光が宿っていた。
「同様の動きをしていたゴルドー男爵もグール化していた場合、別の誰かに噛みつけば新しくグールが生まれる。それを繰り返せば、この王都がグールだらけになってしまう」
その言葉にユーキもここに至って、事態の重さが飲み込めた。たった一人でも見逃せば、ねずみ算式にグールとやらが増えていく。一人が二人に、二人が四人に。十回も繰り返せば千人を超える。
「おまけにグール化してから数日間から十数日という一定期間ではありますが、膂力は生前時の数倍にまで高まると言われています。油断をすれば、騎士たちでも不覚を取りかねない魔物です。まずすべきことは――――」
ギルド職員が震えた手で持っていた書類を抱え直した。
「クリフ隊長は国王に連絡を。可能ならば騎士団を動かすことを進言してください。そして、ここにいる者には緘口令を敷くように。民間人に知られてしまえば、パニックになります。もし、そんな状態の群衆にグールが紛れ込んだら手に負えなくなるでしょう。冒険者ギルドは各ギルド長に緊急連絡すると同時に、Cランク以上の冒険者に対し、『コード:トワイライト』を発令します」
――――コード:トワイライト。
ユーキは登録した際にコルンに渡された冊子の中の言葉を思い出した。民や国に甚大な被害を与えかねない状況の場合、有力な冒険者たちを招集し、事態収束に動かす。冒険者ギルドのもつ切り札の一つ。
たかが一組織のギルドと侮ることはできない。何せ冒険者ギルドは各ギルドを仲介し、協力体制の要になっている組織だ。言い換えれば、冒険者ギルドが動けば、冒険者ギルドに所属していなくても、別のどこかのギルドに所属している者が自然に動き出すことになる。
騎士ギルドからは剣士や槍兵、弓兵などの物理攻撃部隊。魔術師ギルドからは魔法使いや錬金術師などが出てくるだろう。はっきり言えば民間のほぼ全戦闘可能人員と王都にいる衛兵すべてが動員されるのだ。これを相手取ろうとすると考えると、恐ろしいなどというレベルでは済まない。
「ユーキさん、あなたはEランクの冒険者でしたね。残念ながら本来は招集にはかからないと思います。しかし、この状況を正しく理解している人間が一人でもいると助かるのも事実。本件に限り、あなたのランクを暫定的にCに引き上げ、事態収束に協力していただきたいと思いますが、よろしいですか」
ギルド職員は力強い言葉で訴えてきた。しかし、筋肉ダルマの冒険者に押し倒されたことをユーキは思い出す。正直、非力な自分で対応できるかと問われれば自信がない。
「俺は――みなさんのように人に剣を振るえないんです」
肩を落としたユーキだが、クリフがその背中に手を添えた。
「別に戦って捕まえろというわけじゃない。ゴルドーを見つけたり、怪しい場所を見つけたりしたら連絡をするとか、民間人を避難させるとかそういうことだ。剣を振るうことばかりが戦いではない」
クリフの言葉を受けて、それならば自分にもできる。そう思ったユーキは、小さく首を縦に振った。
「……微力ながら、協力させていただきたいと思います」
「ありがとうございます。グールに噛まれた場合は、彼らのような神官に助けを求めると良いでしょう。グール化するまでには猶予があるので、浄化することで無力化できます。魔法使いも浄化はできますが、神官や神官に比べると苦手な人が多いので」
神官も力強く頷いた。少なくとも、教会ギルド・魔術師ギルドは今回の事件に協力するために動くはずだ。
「とりあえず俺は普段通り行動して、異変に気付いた場合は連絡する。そういうことでいいですね」
ギルド職員に確認を取った後、ユーキは魔法学園へと向かう。そして、他の者もそれぞれの所属の長の元へ報告に走り出した。
ユーキは魔法学園に到着した後、一通り――といってもかなりの広さがあるので大変だが――学園を見回ることにした。本当は毒草の採取もしなければいけないと思っていたのだが、入口のガーゴイルから、もう充分であるという連絡を受けてしまったからだ。
最近、親しくなったサクラたちのことが心配だったということもあるだろう。少しでも安全を確保できればいいという気持ちからの行動だったのだが――
「お、ユーキ。ここの食堂って、すごい美味いんだぜ」
「デザートも、美味」
「二人とも、あんまりユーキさんに迷惑かけないでよっ!」
――と、このような具合である。
午後の授業が早く終わったサクラたち三人に見つかり、ユーキに学園内の施設案内しようということになったのである。
今、向かっているのは、射撃訓練場。要は魔法の試し撃ちができる場所であった。察するにアイリスとマリーは自分の魔法が見せたくて仕方のないらしい。
訓練場に着くと、二人はさっそく杖を腰から引き抜いた。彼女たちの杖は長さ三十センチほどのタクト型である。
「いやぁ、魔法を見慣れてない魔法処女――――いや、魔法童貞に魔法を見せるのは、やっぱり面白いんだよなぁ」
「うん。みんな、いつも驚く」
まずはマリーが構えた。思わず魔眼を開くと、紅の魔力が迸り、手から先で緑色に変化する。
「『――――逆巻き、切り裂け。汝、何者にも映らぬ一振りの刃なり』」
軽く杖を突きだすと、まるで弾丸の周りに発生した衝撃波のごとく、円状の衝撃が走る。
標的の木の板に傷がいくつも刻まれて、最後の一撃で真っ二つに割れる。
(かまいたちの魔法? それにしてもかまいたちだけを発生させるなら、板が割れるほどにはならないはず……どんな原理だ?)
口を開けたまま、見ているユーキに満足したのか。マリーは得意気に後ろに下がった。
それと入れ替わる形でアイリスが杖を構える。その体は水色の光に包まれていた。肘から先、そして手から指に行く過程で様々な色に変わり、やがて杖に流れ込む頃には赤色に染まる。
「『――――燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
杖先に球状の炎が出来上がり、軽く振るった杖から猛スピードで的に向かっていく。命中すると燃え上がりながら板が勢いよく吹き飛んだ。かつて襲われた盗賊の魔法使いたちが放ったものと同種だが、その錬度はいうまでもなくアイリスの方が上だった。
「うむむ。きれいに飛ばなかった。減点」
アイリス本人は納得がいっていないようで不満気だった。その横でマリーは杖をペン回しの要領でクルクルと回し始める。
「どーよ。ユーキ、初めて見た攻撃魔法の感想は!」
マリーが目を輝かせてユーキの感想を要求する。しかし、その質問にユーキは申し訳なさそうに答える。
「悪い。攻撃魔法を見るのは初めてじゃないんだ。ここに来るまでに一緒だった冒険者の人たちに見せてもらってたから」
マリーが途端に、げんなりした顔で胸を小突いてくる。なぜか相当悔しかったらしく、ユーキへの軽い八つ当たりだ。
「おいおいおーい。そういうのはもっと早く言おうぜー。それなら、得意な方の魔法で驚かせた方が面白かったじゃんか」
「ユーキさんの話を聞かなかったのは、マリーじゃない……」
サクラが苦笑してマリーとユーキの間に入る。
「でも、すごかったよ。魔法ってやっぱり面白いな。想像した分だけ、色んな魔法が使えそうでさ。俺も早く使えるようになりたいんだけど」
慰めになるかどうかはともかく、魔法については正直な感想を述べることにした。アイリスがマリーの後ろで頭を上下に何度も振る。
「ユーキは、よくわかってる。魔法は、想像すればするほど、世界が広がる。つまりは、楽しい。ユーキは杖は持ってる? それとも、指輪?」
「いや、俺はまだ魔法発動体、だっけ? そういう道具は持っていないんだ」
「すぐに、買うべき!」
アイリスには好評だったようで、サムズアップと笑顔がユーキに向けられる。
「おーし、あたしらもやったしサクラもやるかー?」
「はいはーい。次の所に行きましょうねー」
マリーがサクラにも魔法を使わせようと話を振るが、当の本人は首を横に振る。どうやら、乗り気ではないらしい。聞こえてないフリで聞き流した挙句、次の施設へと二人の背中を押して、射撃場から追い出そうとしていた。
三人が出ていくのを見て、ユーキは指先にほんの少しだけ魔力を溜めて、ガンドとやらを撃ってみた。
親指と人差し指を立て、それ以外の指を握り込んで銃の形を作る。
――パシンッ!
板から軽く弾けた音が響き渡る。すると、遠くからなのでわかり辛くはあったが、板の表面が削れていた。
「なるほど、米粒程度の大きさでエアガンよりもはるかに上の威力か。全力で集めたらどれくらいに――」
「ユーキさん? どうしました?」
扉からサクラがひょっこり顔を出す。ユーキがいないことに気付いて、戻って来てくれたようだ。
「あぁ、ごめんごめん。ちょっとボーっとしてたみたいだ。すぐに行くよ」
その後もユーキの学園案内は続き、その間は特に事件が起きることはなかった。
ちょうど、学園案内が終わる頃、冒険者ギルドにはランクC以上の冒険者たちが集まっていた。彼らの中には騎士ギルドや魔術師ギルドに所属している者もいたが、大半がパーティーとして活動している。その為、各々が所属するギルドに向かわずに、冒険者ギルドで一丸となって対応しようと考えたのだろう。
各職で統制されて動く強みもあるが、混成部隊として臨機応変な対応ができる集団も必要だ。それがある程度実績のある者たちであれば言うまでもない。
「諸君。忙しい中、集まってくれてありがとう。事態は急を要するので手短に話そうと思う」
ギルドの奥に位置する大ホール。その壇上には水晶玉が置かれ、そこから女性の凛とした声が響いてくる。多くの冒険者が、それに耳を傾けていて、誰一人話す者はいない。
「先日、ギルドから注意喚起していたゴルドー男爵と冒険者一行が見つかった。――グールとして」
その言葉にホールに集ったいくつかのパーティーに動揺が走る。そんなざわめきを無視して、水晶玉から声は流れ続けた。
「衛兵が冒険者四人の内、二人を殺害。残り二人を拘束した。尤も、時間が経っているので与えてやれるのは、安らかな眠りと祈りだけだったが……」
そう告げると誰もが黙祷を捧げた。それが終わるのを待って、さらに女性は話を続ける。
「現在、ゴルドー男爵は姿をくらまし、逃走中である。既に国王陛下も騎士団を動かし、王都全域に渡って警備を展開しているが、人手はいくらあってもいい。民間人が襲われれば、瞬く間にグールが蔓延りかねない状態だ。おまけに、これが知られれば王都中がパニックに陥るだろう。よって、今ここに『コード:トワイライト』を発令する。ここに集った勇士たちよ。グールの魔の手から民と国を守り、そして彼に安らかな眠りを与えてやれ! 君たちが、この闇に包まれんとする王都を救ってくれることを願っている」
「「「了解!」」」
大ホールに声が響いた後、一気に騒がしくなる。
「相手はグールだ。噛まれた時の処置のために教会以外の治療ポイントを設定だ。地図を出せ!」
「パーティーに伝令ができる魔法使いがいないところは統合して動け! すぐに周りに知らせられる布陣にするんだ!」
「路地裏に詳しい方はいますか!? こういう時に暗殺者ギルドが動いてくれたら、さっさとグールを見つけられるでしょうに……」
「ダメダメ。あそこ、暗殺を依頼した人の話を聞いて、過激な行動に出ないよう抑える相談所だから。地道に探すしかないでしょ」
「こっちは先に見回りに出ます! D以下の方々にばれないように動きましょう!」
あちらこちらで声が飛び交うが、ギルド職員たちが全てさばいて的確に動いていく。積み上げられる簡易地図。貸し出される伝令用の使い魔に救難信号用閃光弾。それらをそれぞれのパーティーが持ち、ホールを出ていく。
グールとの戦いは、まだ始まったばかりだった。
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