水の女神Ⅵ
水精霊は一拍置いて問いかけて来た。
『ダンジョンになる前と後。一体何が変わったか、わかりますか?』
「それは自然にできた、ここみたいなダンジョンのことで良いんだよな?」
『えぇ、その認識で構いません』
マリーの確認の言葉に水精霊は即答する。
しばらく、悩む勇輝たちだったが、真っ先に口を開いたのは桜だった。
「魔物と宝箱の出現、かな? ダンジョンになる前は、特に宝箱なんて自動的に現れることはあり得ないもの」
魔物は地脈の魔力が零れ出て魔物化する場合や既存の生物に流れ込んで魔物化する場合など、その過程は多岐に渡るものの、代表的な過程は研究されて明らかになっているものもある。しかし、宝箱の出現は未だに誰一人として説明できる者はいない。加えて、自然発生したダンジョンだけでなく、人工のダンジョンでもいつのまにか宝箱の中身が補充されるという怪奇現象が起きているくらいだ。
桜の発言に顔を頷かせて、誰もが納得した表情を浮かべる。しかし、水精霊はそれに不満があったらしく、少しばかり声のトーンが下がった。
『惜しいですね。私としては魔物の方に注目してほしかったです』
「魔物で他に何かおかしいところってあるか?」
マリーが腕を組んで、人差し指で二の腕を叩き始める。
一定の間隔で刻まれるリズムを、天井のどこかから落ちた水滴が泉に落ちる音が掻き乱した。
「人間を必ず襲う?」
『いえ、それだとダンジョンの外の魔物も同じように人に攻撃してきます。恐らく、彼女が言いたいのは、もっと根本的な違いについてでしょう』
ソフィが精霊石から目を逸らさずに呟く。その視線は、何としてでも水精霊の考えを読み当てて見せるという気概を感じさせた。
勇輝は今まで出会った自然発生型のダンジョンの魔物たちを思い出す。このダンジョンにも出ると言われていたゴブリンやオーク。その他には、鉱石の貯えた魔力を餌とする鉱石トカゲ。日ノ本国ならば鬼や鎌鼬などがそれにあたるはずだ。
その中から勇輝は共通点を見つけ出そうとするが、なかなか思いつかない。
『ダンジョンの中で出現する魔物は、一部を除き生殖による増加はしない。その意味をよく考えて欲しいのです』
「元々は魔力で編まれた存在? 本来は実体を持たない? それって――」
アイリスの言葉に精霊石がほのかに明滅した。
『そう。ある意味では、私たち精霊種と同じような存在。それを永遠と簡単に創り出す――私たち精霊種から見れば不自然にも程があるとは思わないですか?』
本来、精霊種は自然豊かな場所で稀に発生する魔力が意志を持った存在とされる。
水精霊の立場からすれば、自分と同じ生まれ方をしながらも、醜悪な生き方をする存在が無数に生み出されていることに、怒りや恐怖の気持ちが芽生えても不思議ではない。
『確かに、その気持ちは理解できます。ダンジョンに入った時に感じた嫌なものは、水精霊としての感覚があったからだったんですね』
ソフィがやっと納得がいったと表情が晴れやかになる。しかし、それも束の間。ソフィはすぐに言葉を紡ぎ出す。
「自然界の精霊が、『不自然』と呼ぶダンジョン。つまり、私たちが『自然発生型のダンジョン』と呼んでいるものも、実は何かしらの――いえ、何者かの意図があって、作り上げられている可能性があるということかもしれませんね」
「ちょっと、待ってくれよ。こんな大規模なダンジョンを世界中のあちこちに自動で作り出せるなんて、どんだけそいつはスゴいんだよ!? 今なんて、宮廷魔術師が束になってもダンジョンを作ることができないって嘆いてるんだぜ?」
「だからこそ、おかしいんでしょう? その謎の先に、争いを招く何か――例えば、『魔王』とかが関与している可能性もあるということですから」
――魔王。
その言葉に勇輝たちは思わず身を強張らせた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




