増加する被害者Ⅲ
不老ならば最盛期から落ちる肉体の能力を感じずに済むだろう。厄介な病にも掛からず、視力や聴力も衰えずに済むかもしれない。
そこまでの劇的な恩恵を受けたわけではないが、勇輝はこの世界に辿り着いた時に若返りを経験している。鈍っていた体の重さから解放された感覚は、正直に言って感動した。これが六十、七十代の体だったら、涙を流して喜んだことだろう。
不死ならば死の恐怖を感じることなく過ごすことができる。誰も死を経験することはできても、死を経験して生きている者はいない。あるとするならば、それこそ亡霊の類だろう。
「いや、不老不死なんてなるものじゃない」
勇輝はきっぱりと言い切った。
「なんで?」
「自分一人だけ老いず、死なずなんて――俺には絶対に耐えられない。他人と同じ時間を共有できないのなんて、まっぴらごめんだ」
普通に暮らしていても、誰かが一人亡くなるだけで心が張り裂けそうになるのだ。それをひたすら、何百年も見送り続ける立場になるなどとんでもない。
「――でも、同時にこうも思う。今みたいな時間がずっと続けばいいってさ。だから、人間は後先考えずに不老不死なんて幻想を求めるんだろうな」
「なんか、勇輝さん。まるで本当に不老不死を体験したみたいな言い方」
「不老不死じゃないけど、ずっと一人だけの時間を過ごしている様な経験をしているから。それより何十倍も辛いと考えたら、求める気にはならない」
――もし、求めるとするならば、桜と共に永遠を過ごしたいと思った時かもしれない。
そんなことを思っていると、頭の中に金属質な声が響いた。
『ま、不老不死なんてなったら、威待の刀を振るう者として立ち位置がおかしくなるからな』
(なんだ。今まで律義に黙っていたのに、急に話し始めてどうした?)
勇輝の腰に差した意志をもつ刀。それが自嘲気味に呟いた。
『なに、化け物を殺す者が化け物になるなんてなったら笑えねぇって話だよ』
(別にいいだろ? 俺は不老不死にはなりたくないって思ってるんだからよ)
『本当にか?』
(あぁ。正直、あの修行をしている時間でも辛いんだ。誰とも言葉を交わせずに過ごすことがな。お前、いつも言ってるじゃないか。お前は俺だって。だったら、わかるだろ?)
勇輝は心刀に同意を求める。
心刀のもつ能力はいくつかあるが、その中でも勇輝がこの話題の中で触れているのは、夢や幻覚で今まで戦った敵を再現して戦うことができる一種の呪いについてだ。
心刀を手に入れてからというもの、勇輝は夢の中で何度も何度も戦う鍛錬を続けている。
『生き残るためだ、と割り切っていたよな? もしかして、俺の見せる夢が怖くなったか?』
(最初から怖かったに決まってるだろ。何回、夢の中で殺されたと思ってるんだ)
夢の中での経過時間はあいまいだが、それでも何十時間と戦っている気分になる。それをほぼ毎日繰り返していたら、精神も擦り切れるのも当然だろう。
ただ、そのおかげで今日まで生き残れたというのも間違いではない。
「勇輝さん?」
「あぁ、悪い。ぼーっとしてた。えっと、何だっけ?」
「ほら、さっき運ばれた人の治療をする人が集まってくるかもしれないから、力になれない私たちは一度外に出た方がいいかなって」
なるほど、と勇輝は頷く。
これから魔術師や神官が押し寄せてくるだろう。そこに何もできない一般人がいては邪魔にしかならない。
勇輝はマリーの背を追おうとして、ギルドの入り口から入って来た冒険者を見て目を丸くした。
「た、助けてくれ……!」
「まさか、二人目!?」
そこには先ほどの運ばれてきた男同様、上半身が血まみれな男を背負った冒険者が立っていた。流石に二人立て続けの怪我人にギルド職員もただ事ではないと思ったのだろう。
ただでさえ張り詰めていた空気が、一層酷くなったのを勇輝は感じ取った。
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