団欒Ⅱ
たった数秒だが、勇輝は悩んだ末に桜の背中に腕を回して軽く擦った。
「まぁ、ずっと桜とこうしていたいのは山々だけどさ。それは年末年始にとっておこう、な?」
「年末まで待てなーい」
「そうか。じゃあ、仕方ない。俺は約束を守りたいから、一人で行くとするかな?」
わざとらしく勇輝が呟いて、桜の腕を握る。すると、その腕に力が入り、桜が勇輝を見上げて来た。
「お嫁さんをおいて、一人で行っちゃうの?」
「まさか。俺は桜がしっかり起きて、一緒に来てくれると思ってるよ。それとも、俺に服を着替えさせるのをご所望かな? お姫様?」
普段は絶対に口にしないような言葉に頬が赤くなるのを感じながら、勇輝は桜の上着の裾に手をかけた。
「ひ、昼間はダメッ!」
唐突に、桜が勇輝から距離を取る。尤も、その距離も手がギリギリ届く範囲だ。
勇輝は恥ずかしそうに俯くサクラを抱きしめたくなる衝動に駆られるが、外から聞こえて来た鳥のさえずりで首を軽く横に振った。
「よし、じゃあ、俺は先に着替えるから、桜も風邪をひかないようにな」
勇輝は桜の両肩を軽く叩くと、ベッドから降りる。素足に絨毯から冷たさが伝わって来るが、勇輝は我慢して着替えの服と魔法を使うための指輪を取り出した。
ただ、勇輝は今の桜の言葉がどうしても気になってしまった。聞けば間違いなく桜の逆鱗に触れるとはわかっていても、聞かずにはいられない。勇輝は振り向いて桜に尋ねる。
「――昼間はダメって、夜ならいいのか?」
次の瞬間、勇輝の顔面に枕が叩きつけられた。
一時間後、身支度と朝食を済ませた勇輝と桜は、魔法学園の門の前に立っていた。
昨夜まではカップルの姿が目立ったのに対し、今日は複数人の塊で動いている人々が目立つ。精霊の休息日と言われる前後の一週間は前半が大切な人と過ごす時間で、後半は家族や友人と過ごす時間とされている。その違いをはっきりと行き交う人々で確認した勇輝と桜は、どうにも落ち着かなかった。
「み、みんな、なかなか来ないね?」
「そうだな。まぁ、俺たちが早く来すぎたのが問題だけど。まだ、集合時間までは三十分くらいあるんじゃないか?」
勇輝の左手には時計があるが、この世界では当然、そのような文明の利器は無い。街のどこかから一時間に一度鳴り響く鐘の音が、時刻を知るための唯一の手がかりだ。
待ち合わせの時刻は十時。勇輝の時計は、九時三十分を回ったところだった。
「それなら、もう少し布団の中にいられたのに……」
「それはそうだけど、遅れるわけにもいかないだろう? まぁ、今度はゆっくり寝かせてあげるし、何だったら膝枕でもマッサージでもしてあげるからさ」
「ほんとに!?」
勇輝が気付いた時には、十センチもない距離にまで詰め寄られていた。
桜が食いつくような何かがあったかと、勇輝は頭の中で必死に考えを巡らせる。過去に桜の言うことを何でも聞くと約束したことがあるが、その権利をサクラは使おうとしたことは無かった。しかし、今の桜の気迫を見るに、その権利を行使してでも、と言うような鬼気迫る何かを感じさせる。
「えっと、何かお望みのものがあったり――?」
勇輝は戸惑いながらも見上げる桜に問いかける。だが、桜が口を開く前に、魔法学園の敷地内から勇輝たちを呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーい、二人とも早いじゃん。やっぱり初めての休息日に、居ても立っても居られなかった感じ?」
赤く短い髪を揺らしながら現れたマリーは、白い息を吐き出しながら笑みを浮かべる。そう話している彼女自身が一番楽しみにしていたのでは、と思わせるくらい機嫌が良さそうだ。
「マリー、テンション高すぎる。――昨日は寝れた?」
「寝たに決まってるだろ。アイリス、あたしを何歳だと思ってるんだ!?」
水色の瞳がジト目でマリーへと向けられる。マリーとは対照的に小柄なアイリスは、体を動かさずに首だけを傾けた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




