団欒Ⅰ
『あなたが落としたのは、この金色の斧ですか?』
水から姿を現した女は太陽のように金色に輝く斧を掲げて、目の前の男に問いかけた。
ふくらはぎまで伸びた金色のウェーブがかった髪の先が水に浸かり、波紋を細かく作り出している。
「いや、俺が落としたのはそれじゃあねえぜ」
その答えを聞いて、女はもう片方の手を水に浸ける。そして、引き上げたかと思うとそこには満月のように輝く銀色の斧が握られていた。
『あなたが落としたのは、この銀色の斧ですか?』
その問いに男はわずかに戸惑った後、無精髭が生えた口の端を吊り上げた。
筋骨隆々とした体を揺すり、周囲に誰もいないことを確かめた男は、ゆっくりと女に告げた。
「いいや、それも俺のじゃないね」
すると、女は月桂樹の冠を乗せた頭部をわずかに傾けた。
『では、あなたが落としたのは、どんな斧ですか?』
「俺の落としたやつは、街の鍛冶屋で作ってもらった何の変哲もない剣だ。斧ですらねぇ!」
男が答えると、女は満面の笑みを浮かべた。二つの手斧を持った両手を広げると、水の中から一振りの剣が現れる。
『あなたは正直者ですね。落とした剣に加え、この二つの斧も与えましょう』
「おぉ、それはありがてぇ」
男は陸から浅い水の中へと水から進み出る。浅瀬を数歩歩き、己の相棒を手に取った。
刀身は水の中から出てきたにも拘らず、水滴一つ見当たらない。男はそれを鞘に納め、両手を掲げた。
「さぁ、斧をくれ!」
『えぇ、もちろんです』
次の瞬間、二つの斧が男の左右の首元へと食い込んだ。
目を覚ました内守勇輝は、首に感じた痛みで顔をしかめた。
どうにも変な姿勢のまま寝ていたらしい。筋肉が鉛のように重く、硬くなった気がして、かなり重症な寝違えを起こしたことに憂鬱になる。
目にかかった髪を痛みのない側の手で払いのけ、温かい掛布団を引き寄せようとした。
「――うん?」
想像と違う弾力と柔らかさが指に返って来た。
そこでようやく、自分の体に纏わりつくものが布団ではなく、人の体であることに気が付く。
「……どうしようか」
返事がないと知りながら、勇輝は言葉を呟かずにはいられなかった。
目の前には自分の愛する人が、幸せそうに寝息を立てている。片方の腕は勇輝の胸に、もう片方は背中へと回されていて身動きできない。どうも寝返りを打つことなく、ずっと横向きで彼女を抱きしめていたらしい。
「桜……、ちょっと手を離してくれる?」
小さい声で呼び掛けてみるが、反応は一切ない。
勇輝は喉にかかる温かい息と体中のあちこちから感じられる桜の感触に、このままでもいいかと目を閉じる。
「――って、本当はゆっくりしていたいけど、それは許されないんだよな。ほら、桜。さっさと起きるぞ!」
勇輝は覚悟を決めて、掛布団を押しのけた。
途端に体を包んでいた空気が剥がれ、代わりに冷たい空気が肌を撫でる。
「うっ、寒い……。もう少し、寝させてよ……」
寝ぼけながらも桜は目を擦り、勇輝に批難の声を上げる。
勇輝は桜を引き剥がそうとするが、あまりの寒さに桜が勇輝の体に抱き着いた。唐突に押し付けられた二つの膨らみに勇輝の意識が完全に覚醒する。
密着しようとする気持ちが逸ったせいか、普段よりも数段上を行く弾力。勇輝の心臓が寝起きにもかかわらず、激しいビートを刻み出した。
「桜。今日は、みんなと街を巡って遊ぶって言ってただろう?」
「うん、わかってる。あと五分だけ……」
しかし、桜は勇輝から離れる様子がない。これでも寝起きは良くなった方なのだから、勇輝からすると驚きだ。
「マリーたちが押しかけて来て、扉を蹴破って来るぞ。そしたら、俺たちの姿を見て何ていうか」
「見られてもいいもん。夫婦なんだから」
いつもならば恥ずかしがって起き上がる桜なのだが、今日はかなり大胆かつ甘えん坊だ。これはどうしたものかと勇輝も困ってしまう。
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