真心を込めてⅨ
勇輝が桜を案内して道を歩くのだが、時間が経つにつれて桜の表情は戸惑いの色が浮かび始める。
それもそのはず、勇輝が歩く道は、あまりにも桜が見知ったものだったからだ。
「え? 勇輝さん、ここって……」
「うん。まぁ、ついて来ればわかるよ」
桜の目の前にあったのは、魔法学園へと入るための門だ。もはや顔パスとなった門番のガーゴイルに手を振る。すると、石像だったガーゴイルの肌の表面が急に滑らかなものへと変化して、動き出した。
「話ハ、聞イテル。上手ク、ヤレヨナー」
「ありがとう。迷惑にならないように、すぐに出ていくから」
「イイ夜ヲ、過ゴシナー」
ガーゴイルの声を背に勇輝は進む。
「このまま、寮の部屋に戻るの?」
「まさか、そんなわけない。俺の目的は、こっちだ」
そう言って、勇輝が示したのは正面の建物。つまり、王城を守る第二の城にして、魔法学園の校舎だった。
本来ならば、この時間に校舎内にいるのは研究をしている教授たちくらいだろう。しかし、いくら不測の事態が起こって、授業日程がずれ込んだと言っても、わざわざ精霊の休息日まで研究室に籠る者は多くない。
そんな魔法石の灯りすらついていない真っ暗な校舎の中に、勇輝は足を踏み入れた。
「『――――火よ灯れ』」
右手の人差し指に、詠唱通りの火が灯る。
ホールの天井まで届きはしないが、足下や近くの壁を照らすには充分な光量だった。
「上手くなったと思わない?」
「……あ、そういえば、最初は灯らなかったんだったね」
「今だから言うけどさ。初めて会った女の子の部屋に案内されて緊張するし、魔力を流された時の感覚はすごいし、って状態だったんだ。それで気分は高揚してたのに、魔法が発動しなくて、桜は泣きそうだったから一気に血の気が引いてさ」
「あ、あはは、その、いろいろな意味でごめんなさい……」
桜も思うところはあったようで、苦笑いを浮かべている。
「和の国出身で同年代の人と会ったのは勇輝さんが初めてだったから……」
「俺だから良かったけど、場合によっては危険な人もいるからさ。まぁ、そんなことはもう起こる隙もないだろうし、俺が許さないけど」
「……独占欲?」
「それは否定しない」
勇輝は前を向いたまま頷く。
桜はもう自分にとっていなくてはならない存在だ。他の男に触れられて欲しくないし、時には視線に入れさせたくもないなんて思ってしまうこともある。
己の底なしの独占欲。ともすれば、どこかの貴族のように桜を所有物扱いしているのではないか、と頭の片隅で自問自答をする。
そんな中、桜の声が勇輝を思考の底から引っ張り上げた。
「あれ? この通路は――――もしかして!」
「気付いた? 桜の――――いや、俺たちの知っている最高の景色が見れる場所」
螺旋階段を上りに上った先にあった塔の屋上。屋外に出た瞬間、二人は塔の縁から顔を覗かせる。
そこはかつて、二人がグールの魔の手から逃れた後日に、王都を一望しながら虹を見た場所であった。勇輝の指から炎が消えると、街中のランタンの光がより鮮明になる。
「懐かしい……。勇輝さんと会ってから、もう何ヶ月も経ってるだなんて。でも、流石、勇輝さん。最後にここを選ぶなんて――――」
「いや、これで終わりじゃない」
「え? まだ、何かあるの?」
期待に満ちた桜の視線を受け、勇輝は懐から魔法石を取り出した。淡い光を放つそれは、あまりにも小さな灯火であったが、二人の間を照らすには充分だった。
勇輝は魔法石を塔の縁に置くと、ポケットから箱を取り出す。
「ちゃんと、桜に正面から言ってなかったからな」
そう言って勇輝は、箱の蓋を開けた。
桜の視線がその中に注がれる。一拍遅れて、桜は両手で口を押えると勢いよく顔を上げた。目が合った勇輝は、真剣な表情で桜に告げる。
「俺の伴侶になってくれませんか?」
そこにはハート型に煌めくダイヤモンドの指輪が納められていた。
オアシスにおけるトップクラスの宝石店「星の涙」。そこで昨晩に勇輝が購入して来た婚約指輪だった。
日ノ本国出身の桜だったが、どうやら指輪でプロポーズをするという文化は知っていたようだ。驚愕に染まった彼女の瞳には涙が溜まり、目尻から一筋、流れ星となって伝い落ちる。桜は、その星屑を手の甲で拭うと小さく頷いた。
「――――はい、喜んで」
勇輝は箱の中から指輪を取り出す。
「桜、左手を出して」
「う、うん」
ゆっくりと、桜の薬指へ指輪を通していく。それは、驚くほど綺麗に指にはまった。
「(暗殺者ギルドの人の残してくれた数字は、桜の指に合う指輪の大きさだったのか……お店の人が判断してくれて助かった……)」
水を零した時に、桜の指を確認していた暗殺者ギルドの女性メンバー。あの時から、こうなる未来を見据えて準備をしてくれたことを考えると、頭が下がるなどと言うレベルではない。
『――――次は、自分で用意できるようにな』
「(言われなくても、わかってるよ)」
心刀の思念に舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、勇輝は桜の顔を見つめた。
「――――ピンクハートカット・ダイヤモンド。その意味は『永遠の純愛』だったかな?」
「え、なんでそれを知って!?」
店員に説明された言葉が、桜の口から出て来て勇輝の心臓が大きく跳ねる。まさか、自分の計画がバレていたのか、と。
「私だって年頃の女の子なんだよ? 勇輝さんと会う前にそういうものを見て、いつか身に着けてみたいな、って思ってもおかしくはないでしょう?」
「――――え、もしかして、お目当ての指輪とかあった!?」
「もう、勇輝さんったら、ここまで言ってもわからないの?」
桜の両手で勇輝は頬を抑えつけられる。何をされるのかと身構えた次の瞬間には、目の前に桜の顔があった。
時間が止まる。勇輝が何事かと理解する前に桜の唇が離れた。ほんの少し、綿にでも触れるような口づけ。勇輝が呆然としていると、桜は満面の笑顔を咲かせて呟いた。
「私の心を何度も射止めるなんて、満点以上のなにものでもないに決まってるじゃない……!」
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