真心を込めてⅣ
桜はその店を見て、何度か瞬きした後に勇輝の横顔を見つめる。
「えっと、勇輝さん。お店、間違えてない?」
「いや、合ってるはずだけど……」
何かマズかったかと勇輝は表情を強張らせる。
目の前の店には確かに「豊穣の皿」とメモで書かれた店名と同じ名称が刻まれている。ここはドレスコードが存在しないことも確認しているし、値段はかなり張るが、それなりに稼いでいる冒険者がダンジョンから直で店に入るところも、昨日の晩に目撃していた。この格好のまま中に入るのは問題ないはずだ。
「私、マリーとかから聞いたんだけど、ここのお店は精霊の休息日の時期は予約が取れないって」
「あぁ、メインストリートの景色が見れるからって理由でか。運良くとれたんだ」
正確には暗殺者ギルドのメンバーが仮押さえしてくれていた予約席だ。別に元々予約していたどこかの誰かを脅したとか、そういったことはなく、本当に偶然空いた最後の一席だったらしい。何でも聖夜のダンジョンの宝箱の中身を期待していた冒険者が、あまりの成果の無さにキャンセルをしたのだとか。
「(最初はヤバい人たちだと思ってたけど、面倒見がいいというか、律義というか……。暗殺者ギルドって名前のせいで損してるんじゃないかな?)」
或いは、と勇輝は考える。
一部の特殊な職業や役職の人たちは、勇輝がいた世界でも身元が割れないように保護されていたり、自分の所属や活動を公言しないようにしていたりすることがある。暗殺者ギルドも、その隠れ蓑だったりするのではないか、と。
「でも、ここって、高級な―――ー」
桜が戸惑ってしまうのも無理はない。何せ、店の構えからして「いかにも高級店です」と言わんばかりの様子だ。
これでもかというくらいに純白な壁。この時期の風物詩であるランタンの光を受けて、太陽のように輝いている。正直に言って、目を開いているのが辛くなる場所も存在した。
「まぁ、それを払ってもお釣りがくるぐらいの稼ぎがあったんだ。前にも言ったけど、あまりお金を使うことがないから、こういう時くらいは任せてくれよ」
「え、ここを予約して、お釣りが来るって、相当な額じゃない? さっきの魔物っぽい大群もそうだけど、やっぱり危険な仕事を?」
「うーん、それくらいなら言ってもいいかな? とりあえず、今までに比べたらマシな方だったよ。面倒ではあったけどね」
バジリスクほどの絶望感はなく、大鬼ほどの危機感も無い。ただ「油断をすれば、いつでも死が自分を見つめている」ことを再確認する出来事があったくらいだ。
それをオブラートに包んで、桜に心配させないように告げたのだが、桜の顔は不満そうだ。
「勇輝さん。次からは、こういう依頼を受けるのやめてね。私、心配でいつか倒れちゃうかも。それか、私も依頼を一緒に受けるのを条件にしようかな?」
「うっ、それは……」
――――やめてほしい。
そう言いたかった勇輝だが、それでは自分の行動と矛盾する。自分は良くて、相手はダメ。そんな勝手が許されるはずがない。
じっと、見つめる桜の瞳に、勇輝は返す言葉が無かった。
「まぁ、これで私がどれだけ心配したか、わかってくれたということにしておこうかな。それに、こんな所にいつまでも立ち止まってたら往来の邪魔になるしね」
『おうおう、言われっぱなしだな。だが、全部、正論だ。黙って受け止めて、この後に全部お返ししてやれ』
思念で心刀が話しかけて来たので、勇輝は中指の関節で鞘を叩いた。抗議の思念が届くが、勇輝はそれを無視して、桜と共に店の中へと足を踏み入れる。
外観も圧倒されたが、内装に至っては今が夜とは思えないくらいに煌びやかだ。冒険者ギルドの中もかなりの明るさだが、それを上回る魔法石の灯りに、目が眩みそうになる。
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