真心を込めてⅢ
決して桜と、そういうことがしたくないわけではない。
ただ、自制をしておかないと歯止めが効かなくなってしまう気がして、勇輝は姫立ちの儀以来、桜にそのような行為をしないように気を付けていた。
「ふーん……」
「な、何でしょうか?」
冬だというのに、汗が背中を伝っている気がする。心なしか吐き出す息の白さが増している――――かもしれない。
勇輝は桜の視線を受けて、思わず目を逸らした。
「……こういう時も、さっきみたいにグイグイ来てくれたらいいのに」
「え? 何か言った?」
「何でもないですー」
桜の呟きを聞き取れず、勇輝が聞き返す。すると桜は勇輝の頬を摘まんで引っ張った。
勇輝の口の端が一緒に伸び、八重歯が露出する。
「乙女心がわからない人は、反省が必要だと思うなぁ」
「い、いひゃい、いひゃい!」
桜の腕を勇輝は二、三度叩いて、降参の意を示す。もちろん、本気で引っ張っているわけではないので、そこまでの痛みは無い。
すぐに指を離した桜は、頬を膨らませると視線を道の先に戻した。
流石に目の前の光景に耐性ができたのか、落ち着いた表情になっている。
「それで、この後、どうするつもりだったんだっけ?」
どうやら、平気そうなのは見掛けだけで、心の中はまだ混乱状態が続いているようだった。
「そうだな。少し早いけど、晩御飯にする? 結局、あの後は優雅なティータイムとまではいかなかったし」
「うん。今なら並ぶ時間も少なそうだし……。あ、雪が降ってるから、結構、人がいるっぽい」
雪は大量に舞っているわけではなかったが、傘を差す人などほとんどいないせいか、多くの人が店の中に入れないかと列を成していた。
飲食店はもちろん、あらゆる店に人がひっきりなしに入る姿が見える。
そんな中で勇輝は桜と繋いだ左手を捻って、腕時計の時刻を盗み見た。
「(少し早いけど、問題ないよな)」
勇輝は一抹の不安を抱えながらも、桜の手を軽く引く。空いている手で示したのは水路を挟んだ反対側のメインストリートだ。
そちらも多くの人が行き交い、無害化したであろうランタンから溢れ出る光に照らされている。時折、薄く大きな影が建物に投げかけられては消えて行く。
「実はさ。こんなこともあろうかと、夕食の店は予約しておいたんだ」
「えっ、そうなの?」
「魔物に追いかけられて、魔術師ギルドに閉じ込められるとは思っていなかったけどさ」
「……」
ふと勇輝は、桜が自分の方を見て、目を丸くしていることに気付く。
桜の目の前で手でも振ろうかと考えていると、桜が先程摘まんだ勇輝の頬にそっと手を添えた。何事かと、今度は勇輝が目を丸くする。
「ど、どうしたんだ?」
「ふふっ、本当に勇輝さんって、真面目だなぁと思って」
「いや、混むのが予想できたから、それくらいは普通かと」
「ううん、そっちじゃなくて、別の意味で」
勇輝は桜の言葉の意図が理解できずに首を傾げる。
「それで、勇輝さん。どこのお店に入るの? 二人で選ぶのも楽しいけど、勇輝さんが選んだお店っていうのも、それはそれで楽しみになってきちゃった」
「正直なことを言うと、俺が見つけたわけじゃなくて、知り合いにオススメだって紹介されたんだ。でも、足を運んでみて絶対にハズレじゃないと思った店だから期待しててくれ」
「じゃあ、私の部屋に戻ったら、百点満点中のいくつだったか発表で」
「……お手柔らかにお願いします」
桜の返事に、即座に勇輝は自信が砕け散りそうになった。
勇輝自身、中に入って食事をしたことは無いので、食べてみるまで当たりかどうかなどわからない。ここまで楽しそうにしてくれる桜の口に合わなかったり、会話が上手く続かなかったりしたらどうしようかと不安が押し寄せて来る。
心臓の音を聞きながら、勇輝は目的の店へと向かう。人の波を避けながら歩くこと数分。周囲よりもランタンの輝きが一際明るい店の前へと辿り着いた。
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