ウンディーネ救出作戦Ⅰ
本来は見えるはずのない空が曇天に覆われ、大きな雨粒が一つ二つと落ち始めると、瞬く間に辺りは白い幕でも引いたかのような土砂降りになる。そんな中、雨宿りにもならないような林と草原の境で影が二つ互いに背を預けて座り込んでいた。
「あ、アンドレ。このままじゃ前も見えないよ」
「そうだな。林で迷わなければ降る前に草原を抜けれたかもしれないが仕方ない。少なくとも、獣に臭いで追われることはない。ほんの少しだけ休むとしよう」
林側を見張っていたアンドレは革袋を開けると水筒を取り出した。
「水ももうなくなる。雨水でもいいから補充しておこう。ケヴィン、草原側は見晴らしはいいが、雨で視界は最悪だ。油断するな」
「うん。わかった」
ケヴィンも水筒を取り出すが、慌てたためかいくつかアイテムが袋から零れ落ちる。アンドレはその様子を見てため息こそつくが、イラつくこともなく落ち着いた様子で林に広がる暗闇を見つめた。
「あのさ。アンドレ」
「――――なんだ」
「もう、そろそろ、だよね」
「あぁ、そうだな。次の階で俺たちが潜った分の階層と同じ分になる」
「も、もし、またダンジョンだったら?」
その問いにアンドレは答えない。二人の間に沈黙が流れる。雨音だけが響き、葉や草を打つ音が平坦に鳴る。しばらくするとアンドレは口を開いた。
「――――だとしても昇り続けるだけだ。諦めたら、あいつらの犠牲を無駄にしたことになる」
「僕には、できそうにない」
「できなくても、やらなければならないんだ」
「僕はアンドレと違う。僕は君みたいに強くなれない」
「強くなる必要はない。ただ前に進むだけだ」
ケヴィンは閃光の中に消えていったジェットを思い浮かべる。あんな最後の瞬間まで笑っていることができるなんて、自分には到底信じられなかった。
「俺の右前方二体。即迎撃」
「――――っ」
短く紡がれたアンドレの言葉にケヴィンは反転してメイスを構える。そのまま詠唱をしながら索敵をしているとゴブリンにしてはやたらと体がでかい個体が二体向かってきていた。
「左は俺がやる。右は任せた」
言うや否やアンドレが剣を片手に飛び出した。それに応じてゴブリンも棍棒を振り上げて走り出す。お互いの距離が近づき、間合いが近付き切る直前、右側にいたゴブリンの腕と首が宙に舞った。風の汎用初級呪文にしては、その威力とコントロールは抜群で必要最小限の魔力で最大の効果を発揮していた。
隣にいた仲間が急に血吹雪をまき散らしたため、残ったゴブリンが一瞬視線を逸らす。そこにアンドレが剣を振りかぶって、真上からゴブリンの頭部を叩き斬った。
「……他は、いないな」
「あー、せっかく水筒に入れてた水がこぼれちゃったよ」
メイスを掴んで立ち上がったためケヴィンが持っていた水筒は倒れ、その中身の大半を地面へとこぼしてしまっていた。
「後数分あればどうせたまる。そしたら雨の様子を見て進むか考えよう」
「早く、こんなところから解放されたいよぉ」
ケヴィンが嘆くが雨はそれを認めないかのように更に雨脚を強める。モンスターも自ら雨の中を出歩こうとはしないのか、先ほどのゴブリン以外は視界の中に見つけることはできない。
いい意味では水筒の水が早くたまるが、逆に言えば視界を悪くし、貴重な体力を奪われている。残りはあとわずかだと信じて二人は雨の中を立ち上がる。
「僕は大丈夫。アンドレ、行こう」
「慎重に進むぞ。この雨が、なんらかのトラップを隠すためのギミックの可能性も否定できないからな」
「トラップ?」
「例えばの話だが……地面にスライムがいたとして、この雨で判別できるか?」
「ひぃっ!?」
アンドレの言葉にケヴィンが悲鳴を上げる。自分のすぐ足元にモンスターがいると考えるだけでケヴィンは恐ろしくなった。
「あくまで、例えばの話だ。それくらい慎重に進んだ方がいいということだ。敵の数があまりにも少なすぎる」
アンドレが顔を腕で擦って前を見るが数メートル先ですら見渡すことができなかった。
「や、やっぱり、ここで上がるまで待とう?」
「それもありだが、いつまでも上がる様子はない。それなら、進んでおいた方がいいこともある。俺たちから敵は見えないが、敵からも見にくいだろう?」
「そ、そうだね」
「横に並んでいくぞ。ほら、ロープをもっておけ。これで何かあった時は、声を出さなくてもすぐに反応できる。俺が右、ケヴィンが左だ」
アンドレが一メートル程度のロープの両端にコブを作って、片方をケヴィンへと手渡す。それを受け取るとアンドレは何も言わず歩を進める。ケヴィンも無言で遅れないように駆けていく。ほんの数秒で林から彼らの姿を見ることはできなくなった。
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