逃走デートⅦ
ランタンから漏れるそれらは、一つ一つは微々たるものだが、並べられたランタンは膨大な数に及ぶ。隣の靄とくっつき、また隣と重なり合って、次第に体積を増やしていく。そして、その形はだんだんと人の形を取り始めていた。
――――有、罪!
心刀の思念のように、勇輝の頭に聖夜のダンジョンで聞いた声が響き渡った。咄嗟に勇輝は握っていた桜の手を引き、ランタンの少ない路地へと駆け出す。
「――――っ!? 桜、こっちに!」
「えっ!? 急にどうしたの!?」
戸惑いの声が後ろから聞こえるが、勇輝は構わずに走り続ける。
肩越しに魔眼を向けると、人型の靄がはっきりと見えた。しかし、その姿に驚く人々はいない。
「(俺以外には見えていないし、声も聞こえていない? ――――ということは、標的は俺か!?)」
心当たりはあった。何せ聖夜のダンジョンでは、耳奥にこびり付いて離れない「有罪」という言葉が発せられていたのだ。関係が無いと思う方がおかしい。
幸い、大勢の人々が行き交うメインストリートからは離れることができた。後は、どうにかして桜を安全な所にまで連れて行かなければならない。
「勇輝さん! 一体どうしたの!?」
「ランタンから魔物が出て来てる! 多分、狙いは俺たちの可能性が高い! 聖夜のダンジョンの奥で討伐したタイプの魔物と同じ奴だからかも!」
勇輝は狙われているのが自分だけでないと判断した。何せ、嫉妬の対象となる条件を満たす勇輝を執拗に狙って来たのだ。それならば勇輝の伴侶である桜が、いつ標的になってもおかしくはない。
一刻も早くこの場を離れなければならないと勇輝が焦っていると、路地裏の方から黒い靄の人影が姿を現した。
前後を塞がれ、逃げ道がない。舌打ちしたくなる気持ちを抑え、勇輝は一度、立ち止まった。
「桜、目の前に何か見えるか?」
「ううん。でも、何か空間が歪んで見える、かも?」
「前も後ろもドッペルゲンガーみたいな魔物に囲まれ始めている。戦ってもいいけど、通りすがりの人を巻き込む可能性が高い。せめて、誰もいない所までいかないと――――」
勇輝は自分の記憶を掘り起こし、安全に戦える場所を検索する。しかし、そうしている間にもゾンビのようにドッペルゲンガーらしき黒い靄は迫って来ていた。
距離にしておよそ十メートル。そこに辿り着くと同時に彼らの動きが変化した。
一旦、動きを停止した後、わずかに腰を落とした姿勢を見て、勇輝は咄嗟に桜を両手で抱え込む。
「悪い! 跳ぶぞ!」
「えっ!? 跳ぶって!?」
桜の了承を得ず、勇輝は体内に魔力を一気に駆け巡らせた。それと同時に石畳を砕く勢いで蹴って、空中へと躍り出る。
一拍遅れて、黒い人影は勇輝がいた所へと殺到していた。ラグビー選手もかくやという突進で、互いに正面からぶつかって倒れ伏しているようだ。
「あっぶなっ!?」
建物の壁を何度か蹴ることで、屋根の上へと着地した勇輝。下の通路でもみくちゃになっている敵の姿を見て、冷や汗が背中を伝うのを感じた。
もしも、まともに喰らっていたらただでは済まなかっただろう。
「有、罪!!」
「――――勇輝さん! 後ろから何か来てる!」
桜の警告に振り返ることなく、横に飛びのく。すると、より濃密な靄を纏った人型が細長い剣を突き出しているのが視界の端に映った。
「もしかして、アレが勇輝さんの見たドッペルゲンガー!?」
「あぁ、何でか知らないけど、俺ばかりダンジョンでも攻撃してきやがったんだ。とりあえず、巻き込まずに戦える場所か安全な所まで逃げるぞ!」
「安全な場所って!?」
「逃げながら考える!」
勇輝は踵を返すと、隣の建物の屋根へと跳び移る。着地と同時にさらに加速し、その次の建物へ。アクション映画さながらの逃走劇を開始した。
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