逃走デートⅣ
無地のものもあれば、ストライプや雪の模様が入ったものまで様々なものが掛けられている中、勇輝は真っ先に目に入った白の無地のマフラーを手に取ってみる。
手が触れた瞬間に温かみを感じると共に、もふもふとした柔らかさが伝わって来た。
「へー、意外だなー」
「え、何が?」
「勇輝さんって、紺とか黒とかが好きみたいだったから、白を最初に選んだのが新鮮だなって思って」
なるほど、と勇輝は納得する。
確かに勇輝は身に着けるものは大抵が、桜の言う通り黒か紺であった。恐らく、白を基調とした私服は小学校卒業後に着た覚えはあまりないはずだ。
尤も、勇輝が白のマフラーを選んだのは、別に自分が欲しかったからではない。
「いや、これは俺じゃなくて、桜に似合うかなって思っただけなんだけど」
「え、私?」
きょとんとした様子で桜は、勇輝の手にあるマフラーに視線を落とす。
「依頼とかで外に出る時は仕方ないけど、私服の時の桜って淡色の服が多いから、白とか灰色が良いのかなってさ。まぁ、逆にマフラーだけきっちりとした色で行くのも、それはそれでいいかもしれないけど」
「じゃあ、ちょっと巻いてみるね」
勇輝からマフラーを受け取ると、桜はそれを首に巻き付ける。かなり幅広で厚みもあるせいか、桜の口元が少し隠れてしまっていた。勇輝は真正面と横顔を交互に見せる桜を見ながら、じっと見つめる。
「ど、どう?」
「それはそれで可愛いけど、口元が見えないのはそれはそれで寂しいかも。あ、あと俺って、あまり化粧に詳しくないんだけど、何かつけてたりする?」
ぱっと見ても、桜が何か顔に着けているようには見えないが、そこは自分の目が節穴であることを疑わない勇輝。会った時に気恥ずかしさで、しっかりと桜を見ていなかったことを後悔する。
「えっと、基本的にはつけてないかな。でも、こうすると――――どう?」
桜は店内を照らす魔法石の近くに寄ってマフラーを下に下げると、何度か顔を左右にゆっくりと振る。その際に、やけに唇だけキラキラと輝いているのが見て取れた。
「唇の艶、すごくない?」
「ふふふ、でしょ? これ、マリーが持ってたのを少し分けてもらったの」
「そうか。悪かったな、出会った時にそこも気付いてやれなくて」
罪悪感から勇輝は目を逸らしてしまう。そんな勇輝の側まで桜は歩み寄ると、人差し指で唇を示しながら微笑んだ。
「でも、今、気付いてくれたでしょ?」
「――――百点満点中?」
「七十点でギリギリ合格です。次は最初に気付きましょう――――かな?」
「だよな」
両手に腰を当てて胸を張る桜に、勇輝は苦笑いをするしかない。もちろん、桜が本気でそう言っているわけではないのはわかるのだが、やらかした事実に胸が痛むことには変わりない。
桜の言う通り、次の機会には間違えないようにしようと心に刻み、勇輝はマフラーの端を手に取る。
「口までにはかからない方が良いか。それとも、そういう心配はないタイプ?」
「うん。食事とかそういうところでも、あまり気にしなくて良いって。専用の薬で落とすから、それ以外は大丈夫」
「そうか、それならいいけど……。桜はどう、何か他に気に入りそうなのは?」
「えっと、少し色が物寂しいから、端っこだけにでも黒とか何か模様があると良いかなって」
桜はマフラーを外して、別のものに手を伸ばす。白色が基調なのは変わらないが、端に二本の黒い線があるデザインになっていた。
「それに、これなら端がどこかもすぐにわかりそうだし」
「え、そんな理由!?」
「うん。そんな理由。だって、端がわからないと落ち着かないんだもの」
そう言って、桜はマフラーを巻いて近くの鏡に向かってポーズをとる。
「ふふっ、良い感じかも。私、これにしようっと。じゃあ、勇輝さんが気に入りそうなのを私が探してあげるね」
「え、俺のを?」
「だって、私に合いそうなのをすぐに見つけてくれたんだもん。今度は私が見つけてあげたくなちゃうでしょ?」
桜は既に目をつけていたのか、掛けられているマフラーへ手を伸ばす。
「ちょっと薄いけど、勇輝さんの場合はコートがあるから、どちらかというと動きやすさと見た目重視、かな?」
濃淡のグレーが縦横に交差するチェック柄のマフラー。それを両手で持って来た桜は勇輝の目の前に立ち、それをふわりと勇輝の首の後ろに回す。元々、温度調節の魔法が使われているコートのおかげで、そこまで寒さを感じていなかった勇輝だったが、それでもマフラーがあるとないとでは、明らかに肌に感じる温度が変わった。
ただし、それは身長差のある桜がマフラーを巻くためにかなり近い位置にいたことも原因の一つではあるだろう。
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