逃走デートⅡ
振り返ってみると、桜が小走りで勇輝の方に向かってくるところだった。
火鼠の皮衣と呼ばれる反物から作られた緋色のスカートが翻り、その下からはタイツに包まれた細い足が顔を覗かせる。
「ごめんなさい、寒い中待たせちゃって」
「いや、俺のことは気にしなくていいよ。それよりも、そのスカートをまた着てくれたんだな」
「うん。本当は毎日でも着たいんだけど、特別な時に着るのもいいかなって思って」
桜はスカートを摘まみ、軽く持ち上げる。右へ左へと何かを確かめるように体を回転させた。
「でも、それ着てると暖かいんだよな? この時期は寒いから、俺としては服自体も似合ってるから毎日でもいいかも」
「本当? だったら、ちょっとこれに合う服を少し買い足そうかな」
「じゃあ、まずは服屋に行こうか。俺も、あんまり持ち合わせの服は多い方じゃないからな」
そう告げた勇輝は桜へと手を差し出す。
一瞬、桜は視線を落として逡巡した後、ゆっくりと勇輝の手を握り返した。
「う、うん。じゃあ、今日は一日、いっぱい楽しもうね」
「あぁ、絶対に忘れられない思い出になるよ。きっとな」
寒い空気など二人の間には無かったかのように、互いの手からの温もりを感じながら歩き出す。
後ろの方で門番のガーゴイルがからかいの声を投げかけてきているが、二人は気にせずに人混みの中へと飛びこんで行った。
「でも勇輝さんに持ちかけられた依頼が解決してよかった。本当のこと言うと、心配してたんだよ。もっと長い時間がかかるんじゃないかって」
「あー、うん。その可能性があったことは否定しないよ。いろいろと大変だったし」
勇輝は昨日までのことを振り返ると苦笑いしか出てこない。何せ暗殺者ギルドのメンバーと共に、王都名物の期間限定ダンジョンを攻略していたのだ。きっと桜に言っても、何かを誤魔化しているのだろうと思われるに違いない。
「それは、あんまり話せないこと?」
「うん。とりあえず、ちゃんと調査が終わるまでは公には言えないことかな」
もし指輪が呪われたアイテムであると確定したのならば、今後は聖夜のダンジョンの入場制限や情報公開などが行われる可能性があるとハリーたちから聞いている。
「だけど大きな問題は解決したから、今日は安心してデートできるってこと」
「で、ででで、デートって、そうだけど――――」
勇輝がはっきりと口にしたためか、桜の顔がみるみる赤くなっていく。
思えば、勇輝と桜は夫婦同然の関係にありながら、二人きりで買い物をするような行為を今までにしたことがなかった。ダンジョンや旅の中で自然と育まれていった互いへの想いだが、そこには常に二人以外の誰かがいた。
「これからは、こういう時間も増やしていかないと、な」
「そ、そうだね……」
顔を小さく縦に振った桜は、気恥ずかしさが抜けないのか勇輝と視線を合わそうとしない。ただ握った手の力は少し強くなり、勇輝の鼓動を強く弾ませる。
「(――――っていうか、俺もこういう経験が少ないから、舞い上がると同時に焦ってるんだけどな!)」
過去に女性と二人で出かけたことがないわけではないが、それをデートと称するには、勇輝自身、どうかと思う部分があった。その為、実質的な経験値はほぼゼロ。
こうして桜と手を握って歩いているだけでも、結構、緊張しているのが正直なところだ。
「(昔の俺なら、大人の余裕を――――って、格好つけるんだろうけど、そうじゃない。俺の目的は、桜を楽しませることで、俺も楽しむこと!)」
この数日間、寂しい思いをさせた桜への贖罪でもあり、これからはそんな思いをさせないという誓いでもある。
暗殺者ギルドの人たちから貰った情報もある。その中で勇輝は今日をどう過ごすべきかを必死に考え抜いて、ここに立っていた。
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