逃走デートⅠ
――――精霊の休息日・前日。
それは恋人たちやそれに近しい間柄の者たちにとっては、年の終わりに控えた一大イベントに等しい日であった。
勇輝は魔法学園の門の前で行き交う人々を見ながら、桜が来るのを待っていた。
『まったく、家族仲睦まじくって言うなら微笑ましく見えるが、どこを見てもカップルばっかりだな』
「そんなこと言ってやるなよ。そういう俺だって、今からその内の一組になるんだから」
心刀のボヤキに勇輝は小さな声で答える。
時間は午前十時を迎える直前で、行き交う人々の賑やかさは寒い冬の空気を吹き飛ばしかねない勢いが感じられた。
同じ部屋にいるのだから、一緒に出てくるというのも一つの選択肢ではあったのだが、勇輝も桜も時間を決めて待ち合わせる方が良いという結論に至った。
『へっ、いつになく緩んだ頬をしてやがるな。――――昨日のお前とは大違いだ』
「姿もわからないナニカと命懸けで辿り着けた桜を同列にしようとするなよな。それより、昨日は疲れてたから言及しなかったけど、転移のことを洗いざらい話してもらうぞ」
『ちっ、何だよ。忘れてると思ってたのに……』
「悪いな。こういうことだけは、物覚えがいいんだ」
『そうですかー。普段と違う格好に状況だからって、浮かれてるだけなんじゃないのか?』
そう言いながら勇輝はコートのポケットに手を突っ込んで手を温める。
いつもの皮鎧は脱いでおり、コートこそ変わらないが、その下の服装を勇輝はカジュアルなものへと着替えていた。こちらの世界では戦闘が多かったこともあり、私服は数えるほどしか持っていない。しかも冬服で、ファンメル王国で流行っている物ともなれば皆無と言ってよいだろう。
昨日のハリーとトニーのデートスポット巡りのついでにチョイスしてもらった服だ。
「で、いろいろと黙っていたことを話せよ。俺はちゃんと威待流の剣術の修行をするつもりだし、実際に昨晩だって夢の中で今まで通りやってただろう?」
『まぁ、そうだな……。それに関しては、良い根性だって、認めてやるよ』
――――だが、それを話すかどうかは別の話だ。
そう言いた気な雰囲気を醸し出す心刀だったが、勇輝は黙って道行く人々を観察するだけ。その空気に耐えられなかったようで、心刀は降参を宣言する。
『わかったよ。お前が知りたいのは転移の出来る範囲と回数、それが再使用できるまでの時間だな?』
「まだ、何か隠してるのか?」
『あぁ、俺の銘と同じで、お前にでも言えないことはある。その眼の真実を知っている奴が話そうとしないのと同じようにな』
勇輝は心刀に言われて、思わず目の近くを手で触れる。
様々な光を認識する謎の魔眼。夜間での戦闘で有効活用できるだけでなく、敵の行動の予測や物体の持つ性質を推測できるなど、この世界に来てから、ずっと助けられてきた。
その魔眼の能力を知っているであろう存在は複数いる。王都の近くの洞窟の奥深くで隠居生活をしているドラゴンや双剣使いで馬鹿力の幼女であるアリス、そして、恐らくは勇輝の曾祖母にして日ノ本国の巫女長。
特にアリスは魔眼の性質を伝えることで、最悪の出来事に繋がる可能性があると告げていた。
『俺の能力は転移のようで転移ではない能力だ。やれることは今は二つ。俺自身が鞘の中へと納まる。もう一つは、鞘を持っている人物が俺を基準に収まる位置へと動くってところか』
現状での発動回数は三回。一回分を回復するのに三十分から一時間はかかる、と心刀は言う。
『鞘の先の方を見てみろ。黒い漆塗りだったのが、少し銀色の物が浮かび上がってきてるだろ』
「本当だ。金属質の――――突起?」
勇輝は心刀の言った部分を指で触れてみた。今まで滑らかだった黒一色の鞘の一部にゴツゴツとしたものを感じ取る。色は銀色で光沢があり、角度によっては陽の光を反射して煌めいていた。
『この鞘は血を吸う樹木から作られているのは知ってるだろ? これはわずかに拭き残した血を吸い取った鞘が血の鉄分と魔力を凝縮して外へと押し出してできたもんだ』
「そういえば、國明の心刀の鞘も銀色の模様が入ってたな。もしかして、それも?」
『あぁ、これもそれと同じ奴だ。そして、不思議なことに俺たち心刀が保持できる魔力は、この模様の量と比例する――――っぽい』
急に胡散臭さが滲み出る心刀だが、彼自身にもわかっていないのだろう。不満気な表情を浮かべた勇輝に、すかさず抗議の声を挙げたのが、その証だ。
「わかった。わかったよ。俺はお前でお前は俺なんだろ? 基本的に命に関わることや一線を越える内容以外は、嘘をつきたくないのは俺も一緒だ。信じるって」
『本当か?』
逆に疑いの言葉を投げかける心刀に、どうしたものかと苦笑いを浮かべていると、魔法学園の方から勇輝の名を呼ぶ声が聞こえて来た。
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