静寂に包まれてⅥ
時が止まった伯爵の部屋で、マリーの顔だけがみるみる赤くなっていく。
そんな彼女を全員が動きを止めて見守っていた。あの冷静なフェイですら口をあんぐりと開けて呆然としている。フランは、まぁまぁ、と口を覆っているが微笑んでいる目は隠しきれていない。
たっぷり数秒掛けた後、アイリスはどうだと言わんばかりに伯爵を見返した。
「お前の……勝ちだ……」
パパと呼ばれて小さい頃のマリーを思い出したのか。伯爵は机に突っ伏すと、目に涙を浮かべながら降参を宣言した。更にフェイの口があんぐりと開けられる。
「ほら、どんな父親も娘の『パパ呼び、嫌いになる』発言には勝てない」
「ひ、卑怯な……」
ユーキは伯爵に同情するが、伯爵の顔は喜び半分、悲しみ半分といった感じだ。恐らく、相当効いたのだろう。意外と立ち直るのが遅い。
「う、うむむ、そこまで言われたら話してやらんこともない」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、ただし他言は無用だぞ」
たっぷり間を取ると伯爵は表情を引き締める。いつになく真剣な表情にマリーも恥ずかしさから抜け出して、ごくりと唾をを飲み込んだ。
「俺の先輩にあたる人物が徒党を組んでダンジョンの階層新記録を出したのは――――事実だ」
「伯爵、ではないんですか?」
一番聞きにくいところだったが、迷わずフェイは伯爵へと切り込んだ。その言葉に若干、伯爵の頬が引き攣る。一度、咳ばらいをするとフェイの質問に答え始めた。
「当然、その頃から剣の才能を開花させていた俺にも先輩たちから声はかかった。――――が、俺は断った」
「なんでだよ。父さんだったら一人でも踏破できるって思わせるくらいの話がいっぱいあるじゃんか」
「無茶言うな。流石の俺でも単独踏破は無理だ」
伯爵の口から無茶という言葉が出るとは思ってなかったのか、マリーもそれ以上言葉を紡げなくなる。
「そうだな。当時の俺の実力からすれば、あいつ等が来てくれれば……六人で踏破する自信ならあったかな」
「いや、十分凄いことだと思うんですけど」
「まぁ、何階層あるかもわからないから実際は記録更新は確実といったところか」
自慢げに胸を張るところだが、何人かの頭の中に疑問が浮かぶ。そこまで言うのならば、何故やらなかったのだろうか、と。
「それでは、何故、ローレンス伯爵は参加したり、仲間を募って挑まなかったんですか?」
すかさずフランが手を上げてその疑問を口にすると、一番の急所だったようで、伯爵の顔が完全に歪んだ。心なしか、いつもよりも顔が赤い。
「そ、それには山よりも高く、海よりも深い事情があってだな」
「それを話していただけると思ってたんですけど」
「いや、目的はそうじゃないと思うんだけど」
フランの目が輝いているが、フェイは逆に伯爵の口から何が飛び出すのかと恐ろしく感じている節すらある。そんなフェイの気持ちを知ってか知らずか、伯爵は再度真剣な顔に戻してマリーへと視線を戻した。
「この話をお前にするのは初めてかもしれん。そもそも、そんな話をするつもりは一切なかったからな」
「な、なんだよ。急に改まって」
「当時の俺は、嘘偽りなく世界最強の剣士を目指していた。学園の生徒なんて最初から視界に入っちゃいなかった。ただ色々あって学園に放り込まれた以上、そこでは生活しなきゃいけないからな。剣士になるための魔力の使い方や必要な魔法は覚えたさ。そんな俺が、自分の力を試すのに絶好の機会であるダンジョン踏破に参加しないと思うか? するに決まってる。だが、その意思を曲げてもいいというくらいの出来事があって、俺はダンジョンに行くことを辞めたんだ」
いつの間にか伯爵の言葉に全員が聞き入っていた。その中で娘であるマリーだけが唯一、伯爵へと声をかけることができた。
「それって、一体?」
「――――今でも覚えてるよ。俺の記憶の中でもとびっきりの思い出の一つだ」
大きく息を吸い込むと伯爵は堂々と宣言した。
「母さんを口説いてた!」
再び、部屋の中の時が停止した。
「ん? 聞こえなかったか? もう一度言ってやろう。俺はダンジョン踏破よりもお前の母さんを――――」
「――――うわあああああぁぁぁ! お願いだ、もう黙ってくれ。それ以上、口を開くなぁ!」
マリーの顔が今度こそリンゴのように真っ赤に染まりきり、伯爵の胸倉を机越しに掴んで振り回した。振り回されている伯爵も若干頬が染まっているあたり、相当恥ずかしかったのだろう。
「何か、素敵ですね」
「えぇ、そうですね」
サクラとフランはそんな親娘を微笑ましく見守り、ユーキとフェイはどのように反応していいのかわからず立ち尽くす。一番、間近で見ているはずのアイリスはいつもの表情でマリーたちを見つめていた。
「じゃあ、ダンジョンの最深部記録とかアイテムに関する話は、あまり詳しくない、の?」
「いや、そういうわけでもないぞ」
アイリスの絶妙なタイミングでの質問に伯爵が、脳震盪を起こしそうなほどの振動をものともせずに答える。どうやら伯爵は参加してこそいないものの、何やら他にも情報を知っているようだった。
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