降って湧いた休日Ⅴ
店の中の混み具合は昼食時より少し前だったこともあり、席には空きがあった。調理の火で外よりも熱気に包まれた店内は、思わず顔を扇ぎたくなるほどだ。
席に着いた四人はメニューの絵を見ながら、店の前にあったオススメ以外の料理をチェックする。アイリスが、悩みに悩んでいるようで、その様子をしばらく眺めていると横から声がかかった。
「四名様ですね。お水を――――」
店員が水を運んできたのだが、マリー、アイリスとコップを置き、勇輝の前に置こうとした瞬間に、お盆をひっくり返してしまう。
慌てて、空中でコップを掴んだ店員だったが、中身が零れるのは防ぎきれなかった。溢れた水は、そのまま桜へと降り注ぐ。
「ご、ごめんなさい。素敵なお召し物が――――」
「だ、大丈夫です。お水なら、染みにもなりませんし、魔法で乾かせますから」
店員がポケットから取り出したハンカチで、桜の服や手を拭っていく。それを桜が静止しつつ、杖を取り出して、風の魔法で服を乾かし始めた。
店員は申し訳ないと頭を下げて、奥の方へと消えて行ってしまった。
「大丈夫?」
「うん。多分、すぐに乾くと思う。果実水とかじゃなくて良かった。アレだと少し大変だから」
そう言って、桜は指で服を摘まんで濡れ具合を確かめながら杖先を動かしていく。数十秒もすると、完全に乾いたのか、桜は満足そうに杖を仕舞った。
「四名様ですね。お水を――――って、あれ? 僕、水持って来ましたっけ?」
そこに大柄な店員がお盆を片手にやってきた。テーブルに置かれた三つのコップを見て、目を丸くしている。顎髭を弄りながら瞬きしているので、勇輝は簡単に状況の説明を試みた。
「いえ、さっき、女性の店員さんが持って来てくれましたよ。一つだけ零しちゃって、奥に行っちゃいましたけど」
「はぁ、他の店員が、ですか?」
男は勇輝が差し示した方に視線を向けるが、不思議そうに瞬きをするばかりだ。
「何か、問題が……?」
「その、この時間帯に、うちの店は女性店員がいないはずなんですがね。どんな人でした?」
「えっと、髪は長くて、色は金だった。背は――――ここくらい」
勇輝が大柄な男性店員の胸元あたりに手を上げる。すると、彼の顔はますます怪訝なものへと変化した。
その様子を見て、勇輝は魔眼を咄嗟に開く。
「(コップの中の物は――――異常なし。じゃあ、桜にかかったのは――――)」
油断していたことに勇輝は冷や汗が出る。そもそも、暗殺者ギルドが勇輝だけでなく、依頼に無関係な桜まで護衛対象にすると言っていたこと自体、まずおかしいと思うべきだった。
何か毒物でも仕込まれていたのではないかと、よく観察するが、幸いにも代表的な毒のイメージである紫や、麻痺毒の黄の色は見当たらない。
ほっと息を吐くが、次に心配なのは持ち物だった。
「桜、何か物を盗られたとかは?」
「えっと、お財布はあるし、杖もペンダントもある……。特に何もなくなってはいない、かな?」
暗殺目的でもなければ、窃盗目的でもない。不審な行動を取った、謎の女に危機感を抱きながらも、勇輝はとりあえず、マリーたちに注文をするように促した。
「(桜を護衛している人たちが動かないのは、大丈夫だからか。それとも、ハリーさんみたいにポカをやらかしたか。どっちなんだ?)」
「ゆ、勇輝さん。別に私、怒ってないから大丈夫だよ……」
「あ、いや、少し別の心配をしててさ。とりあえず、何事も無くて良かったよ」
勇輝は桜の声に、自分がかなり表情を強張らせていたことに気付く。何とか無理矢理笑みを浮かべて、店員に注文をすると、店員も強張った笑みを浮かべて厨房の方へ戻って行った。
「それで、午後の授業はどうする?」
「うーん、この一日半でかなり勉強は進んだから、午後は少し遊ぼうぜ」
「さん、せー」
マリーが提案すると、アイリスも手を上げて桜に視線を向けた。
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