聖夜のダンジョンⅦ
「――――それで? ケアリーさん経由の大切な依頼だからと張り切って聖夜のダンジョンを探索してたら、宿を取っていないことを忘れて、私の所に?」
「すいません。明日は宿を確保してから探索に行くので、どうかお助けください」
勇輝は魔法学園の寮にある桜の部屋で手を合わせて頭を下げていた。
結局、勇輝たちがダンジョンから抜け出して、手に入れたアイテムを売却し終えたのは陽が沈んだ頃だ。その場で解散しようとした際に、勇輝は宿を見つけられていないことに気付いてハリーとトニーの二人に助けを求めたが、帰ってきた言葉は残酷なものであった。
――――この時期に空いてる宿なんて、あるわけないだろ?
――――そうっすよね。
幸い、魔法学園の寮は本人と門番であるガーゴイルたちの了承があれば中に入ることができる。果たして、そんなガバガバセキュリティで貴族の子女たちを守れるのか甚だ疑問ではあるが、そこはガーゴイルたちの不思議能力で弾くことが出来ているらしい。
「どういう能力だよ……」
「オーウェンさんが言うには、何て言ったかな? 信用度がどうとか、クレアさんやマリーなら絶対にひっかかるとか言ってたかな」
「――――もしかして、学園内の行動とか全部監視されてる?」
魔法学園の至る所にガーゴイル像がある。その視界の中で悪事を働いていると信用度が下がり、良いことをしていると信用度が上がるとか、謎の評価システムが働いているのかもしれない。
「――――って、ちょっと待って。オーウェンさんに、それ聞いてくれたの?」
「うん。だって、何かあって宿が無かったら困るでしょ? 実際に、ここにいるわけだし」
「ぐっ……」
桜の正論に何も言葉が出ない。自分のことだけで精一杯で、周りのことが見えていなかったことを素直に恥じる。
「こ、この埋め合わせは、必ず――――」
「え? そんなの必要ないよ?」
シーツの皺を伸ばしていた桜は、キョトンとした顔で勇輝を見返す。振り返って、しばし勇輝を見つめた後、桜はたどたどしく言葉を紡ぎ始めた。
「だって私たち、一応、その……そういう仲なんだし、困った時は助け合うのが、普通でしょ?」
桜が顔を僅かに伏せる。魔法石の灯りに照らされた頬は赤く染まり、目が潤んでいた。指を胸の前でもじもじと動かしたり組んだりしている様子に、勇輝の鼓動が一際大きく跳ねる。
勇輝は夜駆けの儀を乗り越え、桜と共に姫立ちの儀を迎えた。それは実質、二人が夫婦となったことを意味しているようなものだ。正式な婚姻ではないが、こちらの世界ではほぼイコールと捉えてよい。
「桜……」
その言葉に胸打たれながらも、彼女の姿に己の情欲が湧き上がる。だが、勇輝の理性はそれを真上から叩き潰さんとしていた。
「(せっかくの家族との時間を捨ててまで、この国に来た桜を放っておいて、何をやってるんだよ、俺は――――)」
桜がこの国に戻ってきたいという意思があったのは事実だ。だが、そうだからといって彼女を放っておいていいはずがない。むしろ、新しく家族に等しい関係になった自分が、こんな時こそ、傍にいてあげなければいけないはずだ。
「――――この依頼を終わらせたら、必ず桜と過ごす時間を取る。それまで、待っててくれないか?」
「ほ、本当は明日から毎日が良いんだけどなー」
桜は横を向いて、人差し指の先を合わせて、口を尖らせる。一拍置いて、勇輝の方をチラリと盗み見た。そんな彼女を見て、胸に痛みが走る。
『まったく、罪な男だぜ』
「(うるさい。今だけは黙ってろ!)」
『はいはい。お邪魔虫はミノムシみたく引き籠っときますよっと』
勇輝にだけ聞こえる思念で心刀が語り掛けて来るが、それを勇輝は黙らせる。そして、桜の目をまっすぐ見つめ返した。
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