静寂に包まれてⅢ
眼鏡をかけて左右に三つ編みにした茶髪を下ろしている少女が、ユーキを申し訳なさそうに見ていた。
「あの、すいません。その上の本が読みたいんですけど……」
「あ、すいません。どの本ですか?」
少女が指差した先は、ユーキの手がギリギリ届く範囲の棚を示していた。周りを見渡しても上段の棚の本を取るための移動式の足場がどこにも見当たらなかった。
「えっと、右から三番目の青っぽい色の本。あ、それです。ありがとうございます」
「はい、これですね。えっと、『治療魔法と水の魔力』かな?」
ユーキは背伸びをして本へと指を伸ばす。一瞬、その手が躊躇うように止まったが、本を取り出して手渡すことができた。貰った少女はにっこり笑ってお礼を言う。改めてその顔を見ているとユーキはどこかで見た覚えがあった。
「あれ? もしかしてレオ教授の授業に出てたりする?」
「はい、もしかして、あなたも学園の生徒さんですか?」
「いや、生徒じゃなくて聴講生という立場でね」
苦笑いしながら答えると少女は目を見開いて、一歩踏み出した。
「聞きましたよ。生徒会長の出した試練を凄い魔法で突破したって」
「うーん。それについては、何とも言えないところがあるなぁ」
彼女が言っているのは恐らく、生徒会から出された三つ目の課題『鎧を破壊せよ』のことだろう。実際は、凄かったのは鎧から跳ね返された魔法で破壊したのも別の人物である。自分の正当な評価とは言いづらいので、複雑な表情になってしまうのも無理はないだろう。
「その……治療魔法関係で何かお得意だったりしますか?」
胸に抱えた青の本を抱きしめながら迫ってくる少女に、ユーキは後退りしながら答える。
「申し訳ないけど、治療魔法は専門外かな。今まで練習したこともあまりないし、かけるよりかけられる側だし……」
「そ、そうですか。では、もし治療魔法の詳しい方がいたら教えていただけると助かります」
「わかった。えーと、名前は……」
お互いに同じ教室にいたことはあっても、顔をしっかりと合わせたのは今日が初めてなので名前すらわからない。少女もそれに気付いたようで、一度、距離を取るとまっすぐに背筋を伸ばした。
「失礼しました。アンナと言います。貴族ではなく、商家の出ですが仲良くしていただけたらと思います」
「ユーキ・ウチモリ。こちらに来て日は浅いですけど、よろしくお願いします」
お互いに自己紹介するとアンナは踵を返して去っていく。その後ろ姿を見送りながら、ユーキは次の本へと手をかけた。それはアンナが欲しがった本の隣にあったものだ。
「『水の魔力が宿る錬金術素材図鑑』ねぇ……。やってみる価値はありそうかな」
ユーキは立ったまま本を読んでいく。中身には各種薬草や植物の枝葉に根、ムーンストーンに真珠など様々だが序文に書かれていた言葉が最も重要だった。
「『――――これより述べる素材は、あくまで水の魔力を蓄えやすいだけであり、重要なのはどれだけの年月をかけて成長しているか。或いは、どれだけ強力な水の魔力が作用しているかである』」
ため息をついて本を閉じるとユーキは最後にギルドへと足を運ぶことにした。
重くなる足を引きずるようにしてギルドへと足を踏み入れると、そこには未だに聖女関連の依頼――――新ダンジョン捜索やアーティファクトの発見――――を目当てに人々がごった返していた。
依頼掲示板を見るが、そこに広がるのは常時募集の薬草採取やモンスター討伐、護衛の依頼ばかりでユーキの求めるような内容はなかった。
尤も、ゲームのように毎日危険な依頼が張り出されるようになっても困ってしまう。その点を考えれば、王都は今日も平和で素晴らしい日であるということだろう。
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