死の舞踏Ⅱ
毒草採取を始めて二日目の昼。
例のアイリス、マリーコンビによる人間ミサイルの襲撃を受けたこと以外、全くもって平和な一日だった。おそらく、明日も同じ襲撃が予想されるため、ユーキはギルドへの換金がてら対策を考える。
週末ということもあり、早めに仕事を切り上げる冒険者が多く、店も様々な人で賑わっていた。ローブを来た人たちの女子会や真昼間からむさくるしい人たちの酒飲み大会。あっちもこっちも大賑わいだ。
たまには違うところに行こうと城とは逆方向に向かう。ほんの少し目線を先にやれば、以前と通った外壁の門も閑散としていた。衛兵が槍を片手にあくびをしているところを、他の衛兵が小突いているのが見える。
「あぁ、そういえばここに来た時の衛兵のおじさん、元気にしてるかな。一応、冒険者になれたことくらいは言っておこうか――騎士ギルドにお世話になることもあるかもしれないし」
手ぶらで行くのも申し訳ないので、近くの店で軽食と飲み物を購入する。マックスたちから門の衛兵に差し入れするのは、この王都では珍しいことではないと聞いていたので、さっそく、実行に移してみることにした。
もしも他国のスパイなどがいれば、簡単に毒を仕込めそうだと危惧しながらも、ユーキは飲み物を購入していく。
足早に近づくと、衛兵が振り返った。口周りに髭を生やしたダンディな衛兵――記憶が正しければ、ユーキが街に入る時に対応してくれた衛兵が声をかけてくる。
「ん、外壁の外に出るなら理由と持ち物の検査を――というようには見えんな」
そう言ってユーキの手に持っているものを見る。このような世界で両手に多数の飲み物を持って、一人で外に出ることがあろうか。
「一週間ほど前に、マックスという冒険者一行と一緒にここに入ってきた者です。今日は冒険者になれた報告でもと思って……」
そう言って持っていたものを見せる。木で出来たコップとフタから飲み物の差し入れだと気付いたようで、いかつい顔が少し柔らかくなり、ごつごつした手がユーキの肩をたたいた。
「おぉ、そうか。そいつはめでたい。わざわざ儂らのようなところまで来なくてもよかろうに。今すぐには飲めんから、そこの詰所の若いのに渡してくれ。ありがとうよ」
ユーキは指定された方にある木のドアへ渡しに向かった。中にいた衛兵も声が聞こえていたらしく、頑張れよ、と励ましてくれる。
和やかだな雰囲気が漂っていたが、唐突にユーキの背後で大声が響いた。
「クリフ隊長! ごごご、ゴルドー男爵と護衛の冒険者一行と思われる一団を発見!」
「何だと!?」
ユーキに声をかけてくれた衛兵が驚愕の声を上げる。どうやら、この門を守る責任者のような立ち位置の人だったらしい。
目の前にいた衛兵もすぐに詰所から飛び出してきた。すぐにクリフが彼に命令を下す。
「アルフレッド! 冒険者ギルドに緊急伝令! 『ゴルドー男爵を発見。治癒魔法の使い手、または神官を複数名派遣されたし!』」
「アルフレッド一等兵! 通達内容は『ゴルドー男爵の発見報告。治癒魔法の使い手、または神官の複数名派遣要請』。冒険者ギルドに向かいます」
復唱をした衛兵はすぐさま近くの馬にまたがり、メインストリートを駆け抜けていく。こういう時のために、いつもメインストリートの真ん中を歩く人はほとんどいない。
クリフは、そのまま最初に叫んだ衛兵に命令を下そうとして口を開いた後、こちらに歩いてくるゴルドーたちを見つめた。目尻のしわがさらに深くなる。
「ハロルド! その場で待機だ。どうも嫌な予感がする!」
ユーキは目の前で起こっていることにほとんどついていけてない。ただ門の外からボロボロになった人が五人。ゆっくりと歩いて来る姿を見ていることしかできなかった。
彼らの持つ剣は刃がこぼれ、杖や槍は折れ、みな俯いて満身創痍という状態だ。もはや歩いているのが奇跡といってもいいくらいの様相を呈している。
「隊長! すぐにでも肩を貸して詰所に寝かせるべきです」
「ならん! 隊長命令だ。その場で全員待機!」
そうこうしているうちに門の石畳の床にゴルドーたちの足がつく。
「…………ぅぁ」
もはやまともに声を出す気力もないのか。ぶつぶつと呟く声しか聞こえない。そんな彼らにハロルドが声をかける。
「ゴルドー男爵とその冒険者一行とお見受けします。いったい何があったか、簡潔にお話しいただけますか。それか、体調がすぐれないようでしたら、詰所にご案内しますが」
「………くっ」
聞こえていないのか、先頭の剣士はそのまま進もうとする。
「わかりました。その様子では、もはや体力も限界のご様子。詰所にご案内しますので、無理をなさらないでください」
ハロルドが振り返って、控えている衛兵に手を上げた時だった。冒険者一行の顔が一斉に上がる。その目は血走って、口からは涎を垂らしており、おおよそ人のする顔をしていなかった。
「にくだぁっ!」
「ハロルド! 伏せろ!」
日頃の訓練の賜物だろう。クリフの放った言葉にハロルドは瞬時に反応し、地面を転がった。
ハロルドのいた場所には、剣士の手刀が突き出されている。
「総員! 武装展開、前面包囲!」
クリフは槍で剣士の腕を跳ね上げて、後退させる。
「今の行動を攻撃の意志ありと判断し、貴殿らを捕縛する! これ以上の攻撃の意思を見せた場合、国家反逆の意思ありと判断し、この場で処断する!」
取り囲んだ四名の衛兵たちから突風のように殺気が突き刺さる。自分に向けられたわけでもないのに、その雰囲気だけでユーキは自分が殺されるのではないかと錯覚する。
対して、冒険者たちは殺気を一切気にすることなく。目の前の衛兵に飛びかかった。
「迎撃っ!」
「「「おおおおおおおおおお!」」」
クリフの掛け声に、衛兵が雄たけびを上げて冒険者たち四人と衝突する。クリフは隊長というだけあり、剣士の頭をぶち抜いた槍で、そのまま左方で押し合っていた男――おそらく魔法使いだろう――に体だけになった剣士を蹴飛ばした。
押し合っていた衛兵も、それをわかっていたのか、一瞬でその場から離脱する。もんどりうって倒れた魔法使いのところに、衛兵二人が駆け寄った。迷うことなく二人は槍で立ち上がろうとする魔法使いの両腕を刺して、さらに足で押さえつける。
「まずい! そっちに抜けたぞ」
ぼうっと呆けていたユーキの耳に騎士の声が届く。
見れば四足歩行の獣じみた動きで地を駆け抜け、あっという間に目の前へ跳躍する筋肉隆々の男――だったもの――の姿がユーキの瞳に映った。
「ひっ!?」
ここですかさず剣を抜いて盾代わりにできたのは、奇跡だろう。
だが、体格差もあり、その勢いで地面に押し倒される。剣の腹で相手を押しのけようとするが、馬乗りになられて、押し返されてしまった。
昼間だというのに爛々と光り輝く赤い瞳が間近に迫り、鼻を突くような腐臭が吐き気を誘う。余計に腕から力が抜け、大きく開けた口が首に迫ってきた。夏だというのに青白く精気を感じさせない肌の色に、ユーキは背筋が凍る。
そもそも相手を押し返したところでどうしろというのか。ユーキは目の前の人間に、剣を向けることはできたとしても、衛兵たちのように躊躇なく攻撃できる気がしなかった。
だんだんと近づいて来る顔を前にして、ユーキは己の死を覚悟する。
「少年! 気合で維持しろっ!」
およそ十メートルの距離。近いようで遠い場所からクリフが叫び、槍を宙に放り投げた。
首筋に男の犬歯が迫るのをユーキは雄たけびを上げて、ほんの一瞬だけ引きはがす。
「――ナイスだ。少年」
そう呟いたクリフが左の目の端に映った。その瞬間、クリフの足元から白銀の閃光が走り、自分にかかっていた体重が急に消える。遅れて右側から甲高い音とうめき声が同時に響いた。
ユーキが右を見ると、先ほど宙に放り投げられた槍が男の胴体を貫通し、地面へと男を縫い付けている。
(まさか、槍を蹴って投げたのか!? どんだけ器用なんだ……!?)
現状わかっている情報をまとめ上げると、そうとしか考えられなかった。そして、それは事実であり、クリフが槍を蹴って狙撃するという離れ業かつ神業をやってのけた。
「さすが、隊長。番犬の二つ名を広めるに至った究極技法、いまだ健在ですか!」
そう叫んだ衛兵が駆け寄ってくる。確か、ハロルドと呼ばれていた衛兵だ。
どうやら襲ってきた者はあらかた殺したか、捕縛したようらしい。ユーキは助かったことがまだ信じられず、座り込んだまま呆然としていた。すると、ハロルドが手を差し出してきたので、それを握って立ち上がる。
「悪いな、君みたいな一般人を巻き込んでしまって」
「いえ、みなさんのおかげで助かりました。ありがとうございます」
そのまま辺りを見渡す。頭のない剣士、腕を突き刺されて拘束された男魔法使い、腹を槍で縫い止められた筋肉ダルマ、そしていつの間にか首を落とされていた女魔法使い。
見渡していたユーキにクリフから声がかかった。
「よし、怪我はないな。お前たち、とりあえずギルドの職員と治癒術士が来るまで待機――」
「――ゴルドーがいません」
ユーキはクリフの言葉を遮って言い放つ。その瞬間、周りの衛兵が武器を構え、辺りを警戒する。
「町の中に向かったのは、そこの筋肉男だけです!」
「外壁門の外にも見当たりません!」
すぐに何人かの報告が上がり始める。外壁上にいた衛兵も騒ぎに気付いて、十数名が門の周りに集結し始めていた。
「総員! 各三名ずつ捕縛した敵に着いて、拘束または見張りを継続! 残った者は五名一部隊としてゴルドーの捜索にあたれ! 儂は、ここに残って処理をする」
全員が敬礼してすぐに行動に移す。その動作には迷いが一つもなかった。
衛兵がクリフの命令通りに動き始めた十数秒後、メインストリートの向こうから馬が走る音が聞こえてくる。どうやら冒険者ギルドの職員が到着
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