勧誘Ⅶ
契約の内容は想定したものと違って、かなりまともなものだった。
暗殺者ギルドという存在であるにも拘わらず、その存在の口止めを要求しているわけでもなく、何か命を奪うような対価を求めているわけでもない。
詐欺の常套手段である「わざと小さな文字で契約内容を書く」という姑息な方法を使っているわけでもない。
勇輝は羊皮紙を上から下まで見るだけでなく、ひっくり返して確認をする。それでも、怪しいところは見つけられなかった。
「随分と慎重だな。まぁ、それくらいの方がこちらとしては大助かりだ。それと、お前さんは重要な戦力になり得るが、過剰な期待をするということは、柔軟な対応を捨てることになりかねない。だから、無理な時は無理と言ってくれて大丈夫だ」
その言葉を補足するかのように、羊皮紙の契約内容には勇輝が依頼を辞退したとしても、違約金等が発生しないことが明言されている。
――――運が悪かったということで、さようならってな。
男の言葉は、この世から消えてもらうという意味ではなく、ただ単純に作戦から抜けてもらって構わないということだったようだ。
「こんな正体がバレるリスクを負ってでも、俺に接触する必要が?」
「使えるものは使う。それだけだ。それに暗殺者ギルドがこんな生温い対応するなんて聞いて、誰も信じないさ。そういう意味で、俺たちの本領はいつだって『情報戦』ってことだ」
男は立ち上がり、勇輝の手から羊皮紙を摘まみ上げて、上へと続く階段へと登って行く。
「こちらの部下を二名。冒険者ギルドに向かわせる。三十分後くらいで構わないな?」
「二人の特徴は?」
「頭のネジが少し飛んでる男たちだ。お調子者と自信過剰野郎の欲張りセットってな」
そう言うと、男はあっという間に階段を駆け上がって行ってしまった。
「……出て来た単語に不安しかない」
本当に依頼を達成させる気があるのか疑念を抱くが、頷いてしまった以上は勇輝も腹を括るしかない。そのまま冒険者ギルドに足を運んで時間を潰すため、階段へと足を向ける。
案内した三人への警戒を店を出るまで解かずにいたが、彼らが何かをしてくることはなかった。あまりにも拍子抜けする勇輝であったが、逆にそれが罠の可能性もあった。
冒険者ギルドに行くまでに、何度か魔眼を開いたり閉じたりを繰り返して、怪しい人物がいないかを注意深く観察する。
「(誰も、いない、か?)」
『良かったな。生きて出て来れて』
心刀が茶化すように言うが、当の本人は大きくため息を吐く。
強がっていたが、暗殺者ギルドを名乗る相手に緊張しないはずがない。何かすれば、それ相応の対応に出るという気概でいたが、本職からすれば子猫が唸っている程度のものに感じたに違いない。
「メインストリートまで行けば、変な真似をしてくる奴はいないだろ」
大勢の目の前で変な行為に出ることは、彼らがプロであれば避けるはずだ。
メインストリートまで、あと数十メートルというところに来て、勇輝はほっとする。
「それも杞憂で終わりそうか」
『やけに自信があるじゃないか。何か、気付いたことがあったか?』
「(大層なものじゃない。ただ、裏社会で生きているからこそ、交わした約束とかは守るタイプな気がしただけだ)」
こちらが約束を守る以上、相手もそれは守る。そんな根拠のない信頼感を、責任者の男に感じていた。ただし、敬意を表すことができる相手かと聞かれれば、即答でノーと断言できるほどには、ふざけた人だという認識もある。
警戒度を下げて、あちらこちらから聞こえる民衆の声に耳を傾けると、どこか浮ついた様子を感じられた。恐らく、精霊の休息日が近付いているからだろう。既に店の飾りを、その日の為に変え始めている所もあり、本当にクリスマス前の街にいるような感覚に陥りそうだった。
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