勧誘Ⅰ
勇輝は魔法学園の寮の前で桜たちと別れ、かつてお世話になった宿の前にいた。冬であっても温かな日差しが降り注ぐが、路地裏に入ってしまえば、その恩恵も得られない。できることは、ただ自分を追い越していく冷たい風に、体を縮こまらせることくらいだ。
「――――やっぱ、宿は空いてないか」
予想通り、宿は満室。店主は久しぶりの再開に笑顔を見せてくれたが、勇輝の問いには申し訳なさそうにするだけであった。
『冒険者にとって、精霊の休息日に出現するダンジョンがそれだけ人気なんだろ。だめだったら、恥も外聞も投げ捨てて伯爵の別邸にお世話になればいいじゃないか』
勇輝にだけ聞こえる声が腰から響いて来る。当然、それは人の声ではなく、勇輝の愛刀で「心刀」と呼ばれる特殊な刀だ。それぞれの心刀に固有の能力が宿ることがあるらしく、炎や風の斬撃を飛ばしたり、死霊といった一部の存在に効果がある斬撃を放てるようになる。
勇輝の場合は使い道が限定的で、「鞘の中に戻る」という能力らしく、使い道が未だに思い浮かばない。ゲームで言うところの死にスキルのような状態だ。
そして、刀には意思のようなものが宿っているので、こうやって持ち主――――或いは近くの人物と話すことができる。勇輝は声に出さないように思念で返事をする。
「(悪いな。『お前は俺で、俺はお前だ』なんて、普段から言ってるんだから、俺がどんな選択肢を取るかわかってるだろ?)」
『あぁ、はいはい。わかってるよ。凍え死なないようにしてくれれば問題ない。――――それより、気付いてるか?』
軽口を叩いていた心刀の声のトーンがガラリと変わる。まるでスパイが情報を仲間に教えている場面のような低い声に、勇輝はふっと鼻で笑ってしまった。
この心刀にしては珍しく勇輝の心配をしているように思えるが、実際は「当然、気付いているよな」という煽りみたいなものだ。もちろん、勇輝は後ろから付けてきている存在には気付いている。
「(魔法学園を――――いや、王城の庭から魔法学園に踏み入れた時から、俺の跡をつけて来ていたな)」
勇輝は後ろを振り返らずに、メインストリートに向かって歩き出す。
当然、尾行している相手もそれを追って来るのだが、なかなかの手練れのようで姿を簡単には見せない。そんな相手にどうやって気付いたかと言うと、それは心刀のおせっかいのおかげだ。
『良かった、良かった。あれで気付かないようなら、流石の俺もお前の眼が節穴じゃないかと疑うところだったぜ』
心刀の共通の能力に、持ち主に対して幻覚や悪夢を見せるというものがある。制作において重要となる鉄片に呪いを掛けて、その幻に勝利することでより強力な心刀を作ることができると言われているのだが、その名残で心刀になった後も、その能力は有効だ。
よって、今までに戦った相手と何度も戦うことができる。ここに至るまでに、心刀はやたらとその幻を見せて来ていた。
当然、急に人のいる所で襲われる幻覚を見れば、何事かと魔眼を開いて対応しそうになる。しかし、いつもは自分に襲ってくる幻覚は、勇輝を素通りして、どこかへと走り去ってしまっていた。
その視界の中に、いつも存在している色の光があった。本体は壁の影などに隠れているのだろうが、漏れ出るそれはわずかに勇輝の視界に入っている。
「(ま、俺が魔眼で魔力とかそういうものを光として認識しているとは、知っていないと対策できないよな)」
そうはいっているものの、その魔眼の能力は完全に理解できていない。あくまで、見ているのが魔力だろうとか、毒みたいな物の属性なのだろうという推測止まりだ。騎士団長のケアリーから言われた指名依頼も、その力を使いたいのだと思っていたのが、未だにその責任者からの接触がない以上、詳細は不明のままだ。
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