静寂に包まれてⅠ
暗く長い回廊に複数の走る足音が響く。回廊には天井も窓もなく、頼りになるのは僅かに生えたヒカリゴケと足音の主が持つ松明だけだ。足音が反響し、回廊の壁を長い影が駆け抜けていく。
荒い息を吐きながら、一番前を走っていた男が後ろを振り向いた。背後には何もいないことを確認して、スピードを緩める。
「っはぁ、っはあぁ……おい、全員いるか?」
「――――ダメだ。クレイがやられた」
「あのバカ。勝手に残りやがって」
疲れが足に来たのか、一番後ろを走っていた男は、歩みを止めて手を膝に着いた。過呼吸寸前なのだろう。肩を大きく揺らし息を吸い込んでいる。
彼らは魔法学園の四年生パーティ。ファンメル王国に訪れた聖女のお眼鏡に叶うようなアーティファクト探しに学園の作ったダンジョンへとやってきていた、はずだった。
「ケヴィン。よくやったよ。お前の足でここまで逃げれるとは、少し驚いた」
「ち、違う。クレイが時間を稼いでくれたからっ!」
「あぁ、そうだな。だが、状況が最悪なのには変わらない。早くここから脱出して、状況を外の人に伝えないと」
水筒を取り出して口を軽く潤した男は周りを見渡すと残った二人に指示を出した。
「ケヴィン。軽くでいい、自分に治癒魔法をかけておけ、気付かない内に足を怪我してる可能性が高い。ジェット、前を頼む。お前の素早さならば奇襲を受けても避けられる」
「おいおい、リーダー。流石に俺でもアレは無理だぜ」
「……頼む」
ジェットはリーダー格の男にじっと見据えられて返答に困っていたが、ぶれることのないまっすぐな瞳に両手を上げて根負けの意味を示した。
「わーったよ。アンドレ。万が一、俺が失敗しても文句言うなよ。後、絶対に俺を助けようとするな。さっさと見捨てて全力で走れ」
「……すまない」
アンドレは頭を下げると持っていた荷物の中から要らないものをその場に投げ捨てていく。ジェットに至っては、革鎧すら脱ぎ始めた。ケヴィンは、そんな二人を止めようと口を開くが思うところがあったのか、口を開けたまま固まった後静かに閉じた。
「食料は……いらないな。最低限水があればいい。ポーションと攪乱用の煙玉、そして最終手段のコイツくらいか」
「ダンジョンで見つけたものはクレイが持ってたからな。失うものがないって気楽でいいね」
ジェットは声こそ陽気だが、その顔は引きつって緊張を隠しきれていなかった。短剣を握りしめる右手には力が入り、白くなっている。
アンドレは寡黙に準備を進めていて冷静に見えるが、その指先は震え、瞳は何度もケヴィンの後ろへと向けられていた。まるで気を抜けばすぐにでも何者かに追いつかれる恐怖に駆られているようだった。
「アンドレ、ジェット。ぼ、僕の方の準備は終わったよ」
「そうか。こっちも終わった所だ。とりあえず、出口まではもう少しだ。俺たちが潜った階層分は、という意味でだがな」
「僕たちが通ってきたところとは、雰囲気がかなり違うよ」
「そうだな。最悪、まだまだ出口は先でした、って可能性も有り得なくはないってか?」
「無駄口を叩くな。いくぞ」
アンドレの言葉にジェットとケヴィンは文句を言うこともなく従った。ジェットは言われた通りに先頭でアンドレたちのかなり前を歩く。罠はないか、待ち伏せはいないか。何度もパーティでダンジョンに潜った経験と勘を頼りにして前を探る。そんなジェットをアンドレは後ろから見て、いつでも反転できるように準備していた。
「それにしても、どうしてこうなっちゃったんだろう。学園に戻ろうとしたら、こんな変なところに跳ばされて、挙句の果てに、あ、あんな奴がウロウロしてるなんて」
「ケヴィン、声を潜めるんだ。視覚だけじゃなく、聴覚、嗅覚を研ぎ澄ませろ。一瞬の迷いが、命取りになるって教わったはずだ」
アンドレがケヴィンへと軽く振り向いて、注意するとすぐに前へと振り返った。その僅かな時間ですら致命的な時間になった。
「うおあっ!?」
丁字路の右側から急に黒い影が飛び出してきて、ジェットへと組みついた。そんな行動をしてくると予想していなかったジェットは、そのまま相手に近づかれ壁へと叩きつけられてしまう。
「ジェット!? 今すぐ!」
「待て、ケヴィン!」
後ろにいたケヴィンが持っていたメイスを振りかぶって、黒い影へと突進する。影には色がなく、人型である以外はほとんど容姿の判別がつかない。人体で言う背中へとメイスが振り下ろされると、形容しがたい音が回廊へと響き渡る。
「舐めんなよ、おらぁ!!」
斥候とはいえ、魔力で強化した肉体は恐るべき力を発揮する。お返しと言わんばかりに、ジェットは目の前の影を反対側の壁へと叩きつけ、さらに腹部へと短剣を突き刺す。
「今だ! 行けっ!」
その言葉を合図にアンドレは、逡巡するケヴィンの腕を掴んで走り出した。なんとかジェットを助けられないかと振り返ったケヴィンの瞳には、不敵に笑うジェットの口元が映る。
「バケモノ。悪いがここから先には行かさねぇよ」
次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に強烈な閃光が駆け抜けた。
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