出国Ⅰ
薄暗い路地を進んだ先にある古びた酒場。外から見た建物は、かなり薄汚れており、常人であれば近寄ろうとは思わないだろう。
事実、そこには客の一人もおらず、バーテンダーも不在。さらにカウンターの背後に並んでいるはずの酒瓶も、ほとんどが空だ。いかに酒好きであったとしても、これでは入ってすぐに出ていくのが想像できる。
そんなカウンターの棚の脇にある扉だが、そこを潜った瞬間に景色は一変する。蜘蛛の巣どころか埃一つすら存在しない石階段。人が一人通れるギリギリの幅のそれは、どこか圧迫感を与えて来る。
「それで、お前さんの考えを聞かせてくれないか? 長ったらしい意見はいらない。俺たちが聞きたいのはイエスか、ノーかだ」
全身を黒や茶の装備で身を包んだ男が、机で頬杖をつきながら問いかける。尤も、それは問いかけるという言葉からは、少しばかり遠い雰囲気を醸し出しており、見る人が見れば、脅迫していると捉える者もいるだろう。
フードの下に隠された顔は、周囲の壁に灯った魔法石の光に照らされているが、目から下を覆うマスクのせいで、その全貌を見ることはできない。
階段を下った先にある部屋の扉をいくつも潜り抜けたさらにその先。その一室にて、男と向かい合っている青年――――内守勇輝はわずかに左右へと視線を動かした。
「――――質問はしても?」
「お前さんのような奴と出会えたのは奇跡みたいなもんだ。気分が良いから、答えてやるよ」
マスク越しでもニヤリと男が笑みを浮かべるのがわかった。
「あなたたちの目的は、俺の魔眼を使って、ある物をを見つけること。だけど、俺自身がその能力を把握できていない。それで見つけられなかったら、どうするつもりなんだ?」
「あぁ、その時はその時だ。運が悪かったということで、さようならってな」
その言葉に勇輝は内心舌打ちした。
勝手に人を呼び出しておいて、役に立たないとわかれば消えてもらう。その理不尽な要求に苛立ちを抑えきれないでいた。
「期限は?」
「できるだけ早く、だ。時は金なり、って聞いたことあるだろ? お前さんの国にもある言葉だ。お互い、無駄な時間は過ごしたくない。違うか?」
まるで双方にメリットがあるように聞こえるが、勇輝からすればただの押し売りに近い。これが違法な訪問販売ならば、さっさと扉を閉めているところだが、それもできない。
何しろ、勇輝の周りには距離こそあるが、何人もの人間が取り囲んでいたからだ。
ある者は壁に背を預けて腕を組み、またある者は椅子に座って足を組んでいる。一人ずつに焦点を当ててみれば、酒場で寛いでいる冒険者か何かに見えたことだろう。
しかし、時折、勇輝に向かって放たれる殺気染みた気配は、彼らが只者ではないことを示していた。
「場所は?」
「聞いて驚くなよ? ここだよ、ここ。ファンメル王国の首都であるオアシスだ。おかげでこっちも後手に回らざるを得ない。何せ、ここに居る奴らは、こんなのばっかだからよ」
両手を挙げて降参のポーズをする男。
ふざけているのか、真剣なのか。勇輝は真意を読み取れずにいたが、どうも男は本気で困っているらしい。
「じゃあ、最後の質問だ」
「お? もう最後の質問か? もっと聞いても良いんだぜ?」
男が嬉しそうに体を揺する。それを見ながら勇輝は、わずかに目を細めた。
腰に差した刀は没収されていない。仮にされていたとしても、魔力の塊を打ち出すガンドで攻撃を放つことはできる。その為、周囲の人たちが襲い掛かって来ても、ある程度までならば防ぐ自信はあった。
「あなたたちの組織名。本当に俺が知ってる『あのギルド』なのか?」
その言葉に男は大きく腕を広げて、天井を仰ぐ。
「あぁ、なんてこった。自己紹介がお気に召さなかったか? だったら、もう一度、言ってやるぜ」
おもむろに男は立ち上がると、椅子を足で横へとどける。すると劇団のように仰々しく頭を下げた。
「ようこそ、ファンメル王国の六大ギルドが一つ――――闇深き『暗殺者ギルド』へ!」
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