胎動Ⅷ
十年近くもの間、両親だと思っていた人が他人だった。そんな事実を「はい、そうですか」と受け入れられるはずがない。
ぐっと握り込んだ手は、その強さの余りに白くなり、緋色のスカートに多くの皺が刻まれる。
「何で? どうして? 意味が分からない!」
二人には実の娘である杏子がいる。それにも拘らず、同じように接してくれていたことが信じられなかった。
「杏子ちゃんは……このことを知ってるの?」
「――――えぇ、あなたが午式たちと旅立った後に伝えました。少し動揺していましたが、『お姉ちゃんであることには変わりない』と言っていましたよ」
広之の言葉に桜は下唇を噛んで、溢れ出そうになる言葉をぐっと飲みこむ。
「式神の、みんなは?」
「――――私と同じです。あなたを保護した時から、知っていました」
その言葉に、桜は自分の中の何かに罅が入ったのを感じ取った。零れてはいけないものが、どっとそこから溢れていく。
「みんな、私を騙してたの? 本当の子じゃないのに――――」
「そんなつもりはありません。ただ、あなたからしてみれば、そのように感じるのは無理のないことでしょう」
わずかに広之は視線を落とす。その姿は先日まで倒れ伏していた時の広之の姿に似ていた。
「最善とは言えませんが、私たちなりにあなたを思っての行動でした。それは、あなたを育てることでも同じです。杏子と変わらない愛を注ぎ、常に全力であなたと向かい合って来たと思っています。それは泉子も、式神たちも同じです」
言葉をゆっくりと紡ぐ広之だったが、桜にはその言葉の一つ一つに熱い思いが籠っていることがわかる。
だからこそ、余計に胸が締め付けられていた。
酷い人ならば、どれだけ楽だっただろう。何の苦も無くファンメル王国に旅立てていた。だが、現実はそうではない。どれだけ非難の言葉が浮かび、文句が喉元まで上がってきても、それを発することが桜にはできなかった。
「私は、二人にとって――――」
「娘ですよ。例え、地の果てのその先、空の彼方へあなたが行ってしまったとしても、あなたは私と泉子の娘です。誰が何と言おうと、そこを違えることは神であろうとも許しません」
きっぱりと言い切った広之を見て、桜の頬を一筋の涙が伝う。
そのことに気付いた瞬間、次々に雫が目から零れ落ち始めた。一度、決壊した涙腺は留まることを知らず、握りしめられた手の甲へと降り注いでいく。
「確かに人によっては血の繋がりが大切だと言う人もいるでしょう。しかし、私はそれと同じくらい、共に過ごした時間も家族の繋がりになり得ると思っています。あなたとの十余年の月日は、確かに私たちを家族にしてくれたはずです」
「う、ん――――うん――――っ!」
近づいて来た泉子に頭を撫でられる。桜は嗚咽を堪えきれないまま、彼女の胸の中に飛び込んでいた。
真冬だというのに、春の日差しを受けているかのような温かさに包まれる。黒方の香りがふわりと舞って、鼻腔をくすぐり、しゃくりあげる桜を落ち着かせようとしているように感じた。
「だから、これからも私のことを『お母さん』と呼んでくださいな」
その声に言葉を濁しながらも、桜は何度も叫ぶようにして泉子を母と呼んだ。
「――――はい。あなたのお母さんですよ。あなたは一人じゃないんです。だから、安心してください」
最早、桜の涙は滝のように流れ落ち続ける。
血の繋がりを否定され、絶望に打ちひしがれたというのに、同時に家族の繋がりを確認して、同じくらいの喜びを感じていた。
悲しみの涙であり、喜びの涙でもある。
その様子を見て、広之は己の目尻に浮かんだ雫を、人差し指の背でそっと払った。
「涙など、とうの昔に枯れたと思っていたのですがね。やはり、まだまだ子離れは出来ていないようです」
「いいではないですか。今、この時だけくらい。家族の前なんですから」
泉子の呟きに一瞬だけ目を丸くした広之は、桜にそっと近寄ると、泉子と同じように頭を撫でた。
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