胎動Ⅶ
広之は優しいが、陰陽道に関する学習や式神の扱いを含めた呪術へ取り組む際には、娘である桜であっても厳しく接していた。それは一歩間違えれば、自分や身の回りの人間に危害が及ぶからだ。
事実、妹の杏子は式神を迷宮の核にされ、危険な階層主を生み出してしまった。運良く、被害を出さずに討伐することに成功したが、そうでなければ一体どれほどの人数が犠牲になっていたかわからない。
つまるところ、桜はここまで褒められることに慣れていなかった。だからこそ、疑問の言葉が漏れ出てしまう。
「そんな、お父さんまで私を褒めるなんて――――何か、私に隠してる?」
その言葉に広之と泉子の表情が固まった。
泉子はともかく、広之がここまであからさまに動揺する姿を桜は今まで見たことがない。それ故に、本当に二人が何か、大切なことを言おうとしている前段階なのではないかと勘付いた。それも自分にとって、あまり良くないだろう何かだ。
「――――桜。勇輝君がどこの出身か、知っていますか?」
「うん。こことは別の世界から来たって。そこに戻るだけじゃなくて、行き来できる方法を見つけようって」
儀が行われる前に会った時、桜はその話を勇輝から直接聞いていた。
「そうか。それなら話は早い。彼が嘘偽りなく話す誠実さがあって良かった」
広之は安堵しながらも、どこか苦しげな表情浮かべる。
「桜は朝起きるのが昔から苦手でしたね。今も、それは続いていますか?」
「う、うん。ちょっと朝起きるのがつらい、かな」
「何か夢をよく見るということは?」
「うーん。見ているってことは覚えているんだけど、内容までは覚えて――――って、それと何の関係があるの?」
勇輝の出身地と桜の寝坊癖。唐突な話の内容の変化を桜が指摘すると、広之は一瞬だけ泉子に目配せをした。彼女が小さく頷くと、それに応えるように一拍置いて、桜を見つめる。
「――――桜。あなたは、私たちと血の繋がりがありません」
「――――え?」
広之の言葉が理解できなかった。確かに耳に届いた言葉は、しかし、心にまでは届かなかった。いや、届くことを拒絶していた。
「先程、夢を見るか、と問いましたね。これは恐らくですが、あなたは寝ている間に、本来、あなたがいた世界を見ているのです」
「何を、言って、るの?」
唇を震わせながら桜は助けを求めるて泉子に目を向ける。これは広之の質の悪い冗談なのだと言ってくれるはずだ、と。
「あなたは幼い頃、体が弱く、長く生きられない運命だった。原因は、あなたの気を通す経路に、周囲の気が逆流しやすかったこと。あなたが元いた世界を取り巻く気は、こちらの世界よりも少々穢れが多かったのかもしれません」
「お母さんまで……」
返ってきた言葉は広之の発言を説明するものだった。心臓が締め付けられるような痛みを感じながらも、何とか正面を見続ける。
「あなたの実父は、そのまま死にゆくことを認められなかったのでしょう。そこで何かしらの方法で、私たちにあなたを託したのです。短い時間ですが、言葉を交わした時に彼は、彼と私の先祖は兄弟だった、と話していました。恐らく、彼もまた、私と同じ陰陽師なのでしょう」
昔を思い出すかのように天井を視線を挙げていた広之は、桜へと視線を戻す。桜は、それを受け止めきれず、顔を逸らした。
「私の本当のお父さんも、お母さんも、別の世界に、いる?」
「えぇ、そして、それは彼のいた世界と思われます」
次々に与えられる信じられない情報に、桜は頭の中で処理が追い付かなくなるのを感じた。呼吸は浅くなり、視界が暗くなってようにも感じる。
「あなたが大人になるまで、このことは黙っていようと、彼と私、そして泉子と相談して決めたのです。そして、今、新たな道へと踏み出そうとする桜なら、この事実を受け止めきれると――――」
「無理だよ!」
唐突に桜は言い放った。
しかし、広之も泉子も驚くことなく、桜の様子を窺っている。その姿が、桜には腹立たしく感じて仕方がなかった。
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