胎動Ⅲ
数秒で餅を飲み込んだ後、僧正は一拍置いて口を開く。
「もしファンメル王国へと行くのならば、出発は急いだ方が良い。お主は色々と事件に巻き込まれやすいようだからな。そう簡単にやられることはないと思うが、寝首を掻かれれば、どんな強者も命を落とすこともある。気を付けよ」
勇輝は首が首を縦に振ったのを見て、僧正も満足気に頷く。
「出発は早ければ明後日になるか。明日は村長たちに挨拶をしておいた方が良いだろうな。今日は疲れているだろうし、早く寝て体調を整えておけ。我は少しばかり腹ごなしに散歩でもしてこよう」
「……お世話になりました」
「ふっ、それを言うのはまだ早いぞ。それに、お主の剣術の流派を見極めて育てようとしたが、結局は一般的な基礎くらいしか教えられなかった。また、ここに寄ることがあれば、いくらでも鍛えてやろう」
「ありがとうございます。その時には、驚かせるくらいに上達してみせます」
勇輝は皿と箸をおいて頭を下げる。
僧正がいなければ、この村で生きていくことすらもできなかった。そんな食と住を用意してくれた彼にできる恩返しは、それくらいのことしか思い浮かばない。
対して、僧正はと言うと烏のような高い声で笑い声を挙げた。
「はっはっはっ、言いおる言いおる。我を剣術で驚かせるとは百年早いわ。だが、その大言壮語は嫌いではない。何事もまずは目指すところから始まるものだ。期待して待っているぞ」
僧正は皿を持って台所へと消えて行く。勇輝はその背中を見送った後、皿を手に取り、残った餅を摘まみ上げた。
宣言通り寒空の下に散歩に出かけた僧正は、黙々と道なき道を驚くべき速度で走り抜けていた。川に突き出た岩を渡るように足を踏み出し、一歩で七、八メートルの距離を進んで行く。
地面だけでなく木の上を通れば、枯れ葉が音を立て、僧正が通り抜けた後の枝が大きくしなる。やがて、寺からも村からも離れた山の頂上へと辿り着くと、振り返らずに言葉を紡いだ。
「――――そろそろ姿を表したらどうだ?」
その言葉に反応するかのように、一際強い風が僧正の周囲を通り過ぎる。
「やはり、気付いていたか」
「こうして会うのは二度目だな。名前は覚えていてくれているかな?」
「月の八咫烏――――クロウと言ったか?」
僧正は振り返って、両手を握り、また開く。
武器は持っておらず、また腰に着けてもいない。出来ることと言えば無手による格闘か、天狗の羽団扇を呼び出して術を使うことくらいだろう。
「覚えていてもらえるとは光栄だ。さて、まずはあなたに感謝を。おかげで随分とアレも成長できた。真っ当な成長の仕方かどうかはさておき、戦闘技術はかなり引き上げられたと言っていい」
「我がいなくとも、あの程度ならば、いずれ自身で辿り着いていただろう」
「いずれ、では困る。可能な限り早くアレには強くなってもらう必要がある」
「魔王、か?」
以前、クロウと出会った時に、魔王を倒してもらうのが目的であると話していたことを僧正は覚えていた。そして、それを隠れ蓑に何かを企んでいるのではないかと疑ったことも。
しかし、クロウは質問への回答をずらすことで僧正の嘘を見抜く天耳通の能力を回避していた。未だ僧正は、クロウの真意を見抜けずにいる。
「あぁ、魔王がいつ復活するかわからない以上、早いに越したことはない。だが、ここ数年でなどと悠長に話している余裕が無いのは事実だ。魔王復活の予兆は、あなたが一番感じているのでは?」
「一体、何の話だ?」
僧正が首を傾げると、クロウもまた腕を組んで顎に手を当てる。どうやら、当てが外れたらしい。
「ふむ、てっきりあなたなら魔王のことは感じられていると思ったのだが?」
「異なことを言う。何故、我が魔王の復活のことを知っていると?」
僧正の問いかけに、クロウはさも当たり前のことのように答えた。
「魔王のことは、魔王に聞くのが一番だと思ってな。鞍馬天狗――――いや、『鞍馬山魔王大僧正』殿?」
その言葉に僧正の表情が険しくなった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。
 




