消えゆくものⅢ
魔法学園の一室で学園長であるルーカスは頭を抱えていた。
何故こんなになるまで放っておいたのか。何故こんなに報告が遅くなったのか。様々な考え、感情、そして愚痴が胃のあたりでぐるぐるとかき混ぜられながら、ようやく一言目を口にした。
「それで、儂にどのように対処せよと?」
「そ、それが、どうにもならないと言いますか……」
目の前の若い男は視線を彷徨わせるばかりで、返事もままならない。この男の役職は魔法学園にあるダンジョン管理であった。管理といっても入った人物、時刻などの記録管理人といった方が強い。それも普段はガーゴイルが見ているため、彼がすることと言えば決まった時刻にガーゴイルに確認をして記録を書き出すだけで、それ以外の時間は薬草や毒草などの採取を行ったり、城の清掃を行ったりして景観を維持する仕事がメインだ。
彼が記録管理をしているのも、担当している区域にダンジョンの入り口がある以外の理由はなかった。
ルーカスはため息をつくと背もたれに体を預けて低く唸った。その姿に目の前の男性はさらに慌てる。対してルーカスは冷静さを何とか取り繕っていた。
しばらくして、ルーカスは男性にゆっくりと、大きく、はっきりした声で指示を出した。
「もう一度、ダンジョン入り口の記録をここ一ヶ月分、全て用意しなさい。明日の正午までに、全てだ」
「は、はい。わかりました」
転びそうになりながらも慌てて部屋を出ていった男性を見送るとルーカスは目の前の報告書――――報告書とも言えない走り書き――――に目を向けた。
『ここ数日、ダンジョンから戻っていない生徒増加。至急対応をお願いします』
目の前にある紙を脇に退けるとルーカスは近くのガーゴイルへと声をかける。
「現在、校内で確認できる生徒は?」
「全学年デ五十五名ダ」
「……学園の外にいることを考えても、あまりにも少ない。失踪したと思われる人数は?」
「現在、ダンジョン内には三十二パーティ、百二十名ガ入ッテルゾ。マダ出テキテイナイハズダ」
ガーゴイルから紡がれる数字にルーカスは頭を抱えた。先日あった、グールの侵入事件ですら親たちは抗議の手紙を送ってきている。今回ばかりは、生徒に被害が出ているのは、ほぼ確実とも言えることを考えると、大事になるのは間違いなかった。
ルーカスはガーゴイルへ各教授陣に伝言を頼むと席を立った。
「ダンジョンで宝探しをする気持ちはわかるが、ここまで生徒が無謀だとは思わぬ。きっと何かしらアクシデントが起こっておるはずじゃ」
ダンジョンの機能上、致命傷を負いそうになるか、転移用の術式に触れれば帰ってくることができる。そのため、何日もダンジョンに籠る必要性は今までなかった。そこから考えられることは、何者かが転移術式に細工を施したか。何者かにダンジョン内で閉じ込められているという可能性が高くなる。
「――――或いは、ダンジョン内で別の場所に転移した、か」
転移魔法はかなり希少な魔法適正で、使える者はこの国で数えるには両手の指で足りる程度だ。ダンジョン内の術式も既存のダンジョンのコピーが偶然上手く行き、ダンジョン内限定で使えているだけで、ダンジョン外で使える代物はほぼ皆無と言っていい。
可能性は低いがルーカスの脳内には、どうしても最悪のパターンが浮かんでしまう。他国からの侵略攻撃の一環。即ち、貴族の子女たちの拉致監禁事件だ。
この国には聖女も来ている。その中で、そんな大事件が起これば当然のことながら、聖女が国に滞在することを聖教国は良しとしないだろう。
「目的はこの国か聖女か。いずれにせよ、陛下に話を通さねばなるまい」
ファンメル王国を攻める前哨戦か。それとも、聖女を国外へおびき出す囮か。いずれにせよ、事態は一刻を争うことになってしまった。ルーカスは身支度を整えると、急いで部屋を後にする。他の動いていないガーゴイルの瞳が月明かりに照らされて、まだ部屋を見張っているように見えた。
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