消えゆくものⅡ
――――同時刻・ライナーガンマ家
「なるほど、話は分かった」
書斎で書類を片付ける傍ら、目の前でギルドランク降格の件について、耳を傾けていたライナーガンマ公爵は手を止めると、目の前の息子の目を見据えた。
「先ほど連絡があったが、ギルドでもお前が入ろうとしたところは立ち入り禁止区域に設定される予定だ。そのことを考えるならば、お前の判断はむしろ正しかった」
公爵の言葉にオーウェンは喜びの色を出さない。なぜならば、その後に続く言葉を既に予想できていたからだ。
「お前の間違いは、その前に立ち入るだけの先見性と実力がなかった。ただそれだけのことだ。それだけのことで、家の名にも傷をつけた。わかっているな」
「はい。もちろんです」
父親の瞳をまっすぐに見据えてオーウェンは返事をした。しばらくの間、書斎の中に沈黙が訪れる。
「汚名返上。聖女に役立つ物を見つけ出せ。それができなければ、廃嫡だ」
「必ず、ご期待に添えて見せます」
「行け。これ以上、無駄な時間を過ごすな」
「はい。失礼します」
オーウェンは軍隊のようにきびきびとした動作で扉まで歩いていき、手をかけた。その瞬間、後ろから声かけられる。
「あぁ、まさかとは思うが……あの燃えカスとは会っておらんだろうな?」
「――――申し訳ありませんが、聞いたことのない名ですね」
「――――まぁ、いい。行け。言ったとは思うが、無駄な時間を過ごすな」
「はい、わかりました」
血を通わした親子とは思えない冷え切った会話が扉の閉まる音で終わりを告げる。それはオーウェンも感じていたらしく、扉が閉まってからしばらく廊下を歩いて、曲がり角の先まで来た後で大きく息を吐いた。
「はっ、簡単に言ってくれるじゃないか」
聖女への貢物を見つけることができれば、公爵家としての父親の名が売れる。息子のことなど何一つ考えていない。それどころか、幼馴染であるアランに関しても釘を刺してくる始末だ。
オーウェンはもう一度、大きく息を吐き出すと屋敷の外へと向けて歩き出す。玄関に向かうと、そこにはエリーの姿があった。
「副会長。どうしてここに?」
「エリーです。会長。それより、ギルドに行きますか? それとも、ダンジョンですか?」
エリーの揺れることのない眼差しに一瞬戸惑ったオーウェンだったが、すぐに向き直って歩み寄る。エリーの目の前まで来たオーウェンは、ただ一言呟いた。
「ついてこい」
「はい。どこまでもお供しますとも」
通り過ぎるオーウェンの後ろをエリーもついていく。そのまま、門の外へと出ていく姿を公爵はカーテンの隙間から見守っていた。
「よろしいのですか?」
「……何のことだ」
公爵が振り返ると公爵夫人がメイドを連れて部屋に入ってきたところだった。その光景に目を細めると公爵は、もう一度だけオーウェンの姿を確認した後、椅子へと腰かけた。
「オーウェンとベイリー侯爵の娘のことです。あなたが一番よくわかっているでしょう?」
「わかっているだけで、最適手が打てるのならば、苦労はせんよ」
大きくため息をついた公爵の前に紅茶と菓子が置かれる。公爵夫人はそれとは違う大きなテーブルを前に腰かけて、同じように茶菓子が並ぶのを待っていた。
「あの子なりにも考えはあるんでしょう。でも、信頼できる友人くらいは自分で選ばせてあげたらどうなんです?」
「学園に入る前ならば、それもいいだろうと思っていたが素行に問題がある。いずれ、大人になった時に足枷になるだろう」
「それも人生ではないですか」
公爵が紅茶に口をつけて一息つくと、手を組んで天井を見上げた。その瞳は焦点が合っておらず、天井ではないどこか遠くを見ているようだった。
「今回、聖女に役立つものが見つけられれば、アイツの地位も盤石になる。陛下にも一目置かれ、聖女とのコネもできる。聖教国の親善大使にでもなれれば、相当楽になるだろう」
だが、と紅茶の入ったカップを回して波打たせながら、マドレーヌを摘まむと一気に紅茶で流し込んだ。マナーも何もない姿ではあったが、夫人もメイドも何一つ驚くことなく見守っている。
「聖女とのつながりではなく、アラン・ケリーの治療をあいつは望むだろう。そうすれば、貸し借り無し。こちらとしてはプラスどころかマイナスにしかならん。あいつには未来が見えていない」
「未来は誰にも見えないですよ」
「だが、想像することはできる。自分以外のことでは冴えているが、肝心の自分のことになると視野が狭くなるのが奴の欠点。足元をすくわれるのも時間の問題だ」
目頭を押さえて机へと体重を預ける公爵の前へ、メイドが二杯目の紅茶を用意する。メイドの動きは洗練されており、公爵の言葉もまるで聞いていなかったかのように振舞う。
「――――あなたの若い頃にそっくり」
「何か言ったか?」
「いえ、何も?」
頭を抱える公爵の目の前で、夫人は優雅に紅茶を啜ると静かにテーブルへと置いた。公爵と違い、夫人の顔には、この先何が起こるか楽しみだと言わんばかりに、余裕あふれる笑顔が輝いていた。
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