変生Ⅳ
丑式から危険な気配を感じ取ったのか、威嚇する様に頭部を突き出して咆哮を轟かせる。
「やっぱり、ずっと呪いに触れてきたことはあるんだな。怨霊となって、すぐにこれだけの力を出せるのは、そうはいないだよ」
前方から吹き付けて来る暴風の如き呪いの圧を、丑式は表情を一切変えずに全身で受けていた。
「でも、肉体から魂が抜け出ることは経験して無さそうなんだな。自分の形を見失って、今にも霧散しそうだよ」
丑式は金棒を握る手に力を籠めると、一気に前方に加速した。地面が抉れたかと思った次の瞬間には、文枝の怨霊の数歩手前に飛び込んでいる。
「ア゛あ――――」
「今、楽にしてやるんだな」
右手のみで袈裟懸けに振り下ろされた金棒は、怨霊の左肩へと吸い込まれる。黒い濃霧のようなそれは、傍から見ると何の抵抗もなくすり抜けてしまいそうに思えた。
――――ガンッ!
「なっ!?」
触れた瞬間、丑式の手に衝撃が奔り、辺りに金属の塊をぶつけたかのような重い音が響き渡る。
反動でたたらを踏みかけた丑式は、その勢いを殺さずに一回転して金棒を両手で握り込んだ。そのまま加速すると、怨霊の右脇腹に向けてホームランを打つかのように振り上げる。
しかし、今度はそれを右手で防がれてしまう。わずかに衝突した箇所へ金棒が十数センチ食い込んだかに見えるが、怨霊が右腕を振るうと弾かれてしまった。
「なかなか器用なことを……」
丑式の顔に珍しく緊張の色が浮かぶ。
「もーさん、大丈夫!?」
「んだ、ちょっと厄介な相手みたいだよ。この怨霊、この姿になってもまだ『村人との繋がり』を捨ててないだ。さっきのおらの術で消し去ったと思ったのに、しつこい奴だよ」
この村で行われた呪術は、丑式たちを襲って来た村人全員が術師であるということを用いて、呪詛返しのリスクを減らしていた。呪詛を返しても、百人いれば一人に降りかかる効果は、その人数だけ等分されるというものだ。
「それに早くしないと、その繋がりから村人たちが怨霊化したり、生命力を吸い取られて死んだりしかねないんだな。ちょっとばかり、おらも本気を出すだ」
金棒を折り曲げた肘と二の腕で挟み、それぞれの小指から中指までを右手側が上になるように組んで人差し指を立て、親指をその中へと押すように添える。不動独鈷印と呼ばれる不動明王の印であった。
「『怒りに燃ゆる不動明王。御身の力を以て、我が前に立ち塞がる障害。その一切を灰塵と為し、取り除きたまえ』」
そもそも明王とは仏教における悪を討つ役割を担う者に与えられた名。そして、同時に呪文の王という意味もある。
「そっちも密教なら、同じ土台である密教経由で殴り倒すだよ。たかだか数百人程度に力を分散させた程度で、明王の力に耐えられると思わない方が良いんだな。――――午式、ちょっとだけ力を借りるだよ」
丑式のもつ式神としての五行における属性は土。明王は、その背に炎を背負う火の属性。本来ならば、違う属性であるが、それを丑式は午式と共に行動することで、一時的に力を発動させることができる。
ただし、いくら行動を共にするとは言っても、今は距離が離れている。その分だけ出力も落ちるので、目の前の特殊な術式を纏う怨霊を相手にするには、微妙なところであった。
先程と同じように右肩に金棒を担ぎ上げ、怨霊へと接敵する。対する怨霊は、自らの体を動かすのに慣れて来たのか、右手を振りかぶって迎撃態勢に入った。
「さっさと成仏するんだな!」
「ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!」
動けるとは言っても、その動きは丑式からすれば十分対応できる範囲。速度を緩めに突撃し、振り下ろしの兆候が見えた瞬間に、もう一段階加速をする。相手の懐に入ったところで、肩を支点にして、金棒を怨霊の脇腹へと叩きつけた。
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