変生Ⅰ
本来の呪詛返しは相手の呪いを跳ね返し、その術士へと力を送り返すものだ。元々の呪う力に、跳ね返すための力が加算され、その分だけ強大な力となって襲ってくる。それから身を守るのは至難の業だ。
しかし、この村ではかなりの人数の村人が術士として認識され、その分だけ等分された呪いが降りかかっている。一、二回程度の呪詛返しでは体の痛みを訴える程度で寿命にすら影響を及ぼすことはない。体のどこかに痛みが出ることもあるだろうが、数日から長くても数週間でそれも消え去る。
この村の中においてのみ可能なローリスク・ハイリターンの術式の特殊な構築。その点において、文枝はそれをこれ以上ないほど使いこなすことができていた。
ただ一点、彼女が見落としていたとするならば、同レベルでの術式をぶつけられた際の対応だろう。
「くっ、こっちが密教を入れた複合呪術なら、あっちは陰陽道を取り入れた複合呪術かい。まったく、憎たらしいにもほどがある」
建物の影で文枝は呟いた。
丑式が発動させたのは、呪詛返しだが、そこに陰陽道の五芒星を取り入れ、詠唱も改変していた。文枝の前に存在していた呪術師が用意した村を守る呪力の壁。それを勇輝たち五人の位置から循環させ、付近の龍脈ごと一気に逆流させるという大魔術だ。本来であれば、文枝も含めた呪術士としている村人全員が死んでもおかしくないほどの呪いの奔流が吹き荒れていてもおかしくはない。
だが、丑式はもちろん、主である広之もそれをよしとしなかった。五芒星のもつ魔除けの力を取り入れ、術者へと跳ね返すべき呪いを浄化して、放出するという手段に出たのだ。
結果、勇輝たちを襲っていた村人たちへとかけられたものも含め、この村の中にあった呪いはそのほとんどが掻き消えてしまった。
「――――だが、甘いな。呪いなど人が生きている限り、いくらでも湧いて出て来るものだ。私が呪いを放てば、また振り出しに戻るだけ。少々時間はかかるが、どうにでもなるわ」
土煙が舞い、丑式も村人の安否もわからない中、文枝は踵を返す。
例え、この瞬間に呪いが無くなっていたとしても、釘一本打ち込むだけで呪いの連鎖は生み出される。仮にこれを呪詛返ししたとしても、村人に再分配されるだけだ。結局のところ、止めるならば、その大本である文枝をどうにかしない限り意味がない。
「さて、頑張って目覚めたところで悪いが、あんたらの悪夢はまだ続くんだよ。ずっと、ずうっとな!」
近くの民家の壁に筒を押し付け、釘を親指と人差し指で固定する。そのまま、右手の金槌を振りかぶり叩きつけようとした。
「『焼き尽くせ。汝、何者にも阻まれぬ一条の閃光なり』」
筒を握っていた左手が紅蓮の炎に包まれる。夜空の向こう側まで届くのではないかというくらいの絶叫が文枝の口から飛び出る。同時に彼女は、火から逃れようと筒を手放した。
地面をころころと燃えながら筒は転がって行く。その横で文枝は自らの服で左手を覆い、何とか炎を鎮火することに成功した。
相当焦ったのだろう。膝をついた文枝は、肩を大きく上下させて荒々しく呼吸をしていた。
「――――この小娘が! よくもやってくれおったな!?」
そこには寛太の護衛をしていたはずの、もう一体のチビ桜が浮遊していた。
「『よくもやってくれたな』は、こちらの台詞です。いろいろな人をあなたの身勝手な欲望に巻き込んで何をしているんですか!?」
「はっ、何を言うかと思えば、私の身勝手? これはこの村に住む全員の意志だ。生き延びたいと渇望して何が悪い!」
「あなたの家の中を見させてもらいました。私、呪術に関してはあまり詳しい方ではないけれど、すぐにわかりました。お婆さん、あなたは村を救う為に呪術を使っているんじゃない。あなたは呪術を使うのが面白くて、新しい呪術を試したい欲望に従って、村の人たちを巻き込んでいるだけです!」
チビ桜が指を差して、きっぱりと言い切る。下らない建前を使って、言い訳など許さない、と。
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