複合呪術Ⅺ
勇輝が村人たちの攻撃を躱し続けていると、空に上がった光球の色が変化する。真っ赤だった色は白に変化し、まるで太陽が落ちて来たかと思う程に明るい。
勇輝はもちろん、その余りの眩しさに村人たちも顔を庇って腕を掲げる。すると、光球から丑式の声が響き始めた。
「『――――これより呪に返しを行う。返しを行えば、向こうに血花を咲かす』」
その言葉は呪術をかけられた寛太を救う為に、丑式が行った呪詛返しの宣言と同じであった。
「『燃え行け、絶え行け、帰れ行け。生霊、死霊、居ぬ神、去る神、彼方飛ぶ火に、化生の火』」
テンポよく、素早く詠唱が紡がれる。だが、その言葉一つ一つがはっきりと耳朶に叩きつけられ、文字通り言葉に魔力が宿っていて、それ自身が体に衝撃を与えているように感じられる。
掲げた腕の下から村人たちを伺うと、彼らの体から放たれていた黒い光が靄となって分離しかけていた。
「『その身に宿す暗き心を暴きて晒し、四方八方微塵と乱す』」
聞いたことのない詠唱が続く中、勇輝はそれから丑式がかなり大規模な呪詛返しを行おうとしていることを理解する。何せ、丑式がいる場所は村の中心で、勇輝がいる場所は村の端に近い。村をほぼ覆い尽くすほどの範囲で力を行使するというのは、少なくとも、勇輝は見たことがない。
「『打つ式あれば、響きあり。響きあれば、返す式も惑い無し』」
ふわりふわりと浮かび上がっていた黒い靄が唐突に動きを止めた。それが勇輝には獲物に飛び掛かる前の猛獣のような気配に感じられる。肌をチリチリと焼くような空気を感じ取りながら、勇輝は眼を細めてその靄の行方を見逃さないように見つめていた。
「『悪心、執心、妬心に邪心――――まとめて七つの地獄へ打ち落とす!』」
詠唱が一際高く言い放たれると同時に、黒い靄は尾を引いて村の中心部へと加速する。それは暗闇を駆け抜ける流星の如く、あらゆるものを置き去りにして飛んでいく。
光球が消え、静寂が村を包み込んだ。
――――ドッ!
直後、村の中心で黒い光の奔流が柱となって天まで吹き上がる。その光景に勇輝は背中を何かが這い上がるような恐ろしさを感じ取った。
「(丑式さん、まさか――――)」
今までに魔眼で見た光は様々なものがあったが、強力な魔法攻撃ほど、光量は多かった。少なくとも、勇輝は立ち上った光の奔流を受けて生き残れるという気がしない。
それはいくら強い式神でも同じこと。呪詛を操ることに特化していたとしても限界は存在するはずだ。
「(自分を犠牲にして、呪いを――――祓った?)」
振り返った勇輝の魔眼が捉えたのは、赤や青、黄色といった彼ら自身が本来放っていたであろう光を取り戻した村人たちの姿だった。
何が起こったのか理解していないだろう彼らだが、どうやら、自分の体から呪詛が消えていることには気付いているようだ。みな、呆気に取られて、松明の明かりに照らされた互いの顔を見て、首を傾げている。
「な、何か、体が軽くなってるな。それに体の痛みも無くなってやがる。さっきまで心臓に針でも刺していたみたいに苦しかったのに――――」
「多分、みなさんに掛けられた呪いが全部取り除かれたからだと思いますよ」
「そ、それは本当か?」
「どうでしょう。あくまで俺の推測ですから何とも言えませんけどね。それより、俺はこの事件の主犯である文枝さんを捕まえに行きます。邪魔、するつもりはありますか?」
勇輝が尋ねると、村人たちは各々が首を横に振った。
「良いんですか? この後、東雲家に引き渡されたら処刑されるかもしれないのに」
「いや、何かわからんが、そういう気持ちにはなれなくてな。さっきまで怒り狂ってたのが嘘みたいだ」
呪いの副次効果に、興奮作用や猜疑心を生み出すものでもあったのだろうか。勇輝は落ち着いている村人たちの様子を不思議に思いながらも、邪魔されることが無いのならば放って置いて構わないと判断した。
今するべきことは、丑式の安否を確かめることと文枝の身柄の確保である。
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