紅の輝きは何物にも染まらずⅧ
錬金術界の秘密に唖然とするユーキたちを尻目に、ロジャーは笑いながらエドワードへと向き直る。
「まぁ、弟子よ。お主もいろいろと手を尽くしてはいたようだが、今回ばかりは運が悪かったということだ。もう一人のお師匠さんを追うのならば、もっと精進せねばな」
「……はい。励ましの御言葉ありがとうございます」
フランの首元のルビーへとつながる黒い茨を見ながら、ロジャーは慰めの言葉を呟く。意気消沈したエドワードは、言葉こそ返すものの明らかに不服そうな表情だった。
「さて、若者諸君。君たちも覚えておくといい、『失敗しても立ち止まらなければ、成功に辿り着く』。私の座右の銘だ。世の中、成功ばかりで生きていけるほど甘くはないものだよ」
そういうと満足そうにロジャーはエドワードの肩を叩いて、元来た道へと去っていく。姿が消え去ると、先ほどまで横たわっていたフランが台の上に腰かけていた。魔力が大量に注ぎ込まれているおかげか、意識もだいぶ戻ってきているらしい。
驚くべきことにユーキの魔眼ではルビーの輝きがほとんど失われていない。ドラゴンの炎には大量の魔力が含まれていたらしい。当分の間は、彼女が倒れることもなさそうだ。
そうこうしている内に、フランは台から飛び降りて、しっかりと地面へと降り立った。
「フラン。もう大丈夫なのか?」
「お腹は減っていますけど、歩けないほどじゃないです。さっきまで頭もくらくらしていましたが、すぐに良くなりました」
そう言って、首からぶら下がったネックレスもどきを揺らして見せる。黒い茨の棘はぱっと見、首に刺さって痛そうに見えたが、肌に食い込んでいる様子は見えなかった。
「よし、こんな辛気臭い場所なんておさらばして、外のお日様でも浴びようぜ」
「マリー、温度だけならここの方が過ごしやすい。快適」
「吸血鬼に日光浴びようぜって、普通に聞いたら喧嘩売ってるようにしか聞こえないけどな」
「いいんだよ。とりあえず、リリアンさんはこっから出たとこで待てばいいだろう?」
そう言って、マリーはアイリスの手を引っ張って、エドワードの横をすり抜けていく。その際に、目の下を人差し指で下ろして煽っていくことも忘れないあたり、マリーらしいと言えようか。
「その……いろいろとありましたが、ありがとうございました」
「構わん。そちらの手が上回り、こちらが下手を打っただけのこと。さっさと出ていきたまえ。私は陛下に、そこの少女の安全性について説明をせねばならん」
サクラが礼をいうと、エドワードは眉一つ動かさずに言う。それでもサクラとユーキは頭を下げる。フランも慌てて下げると、エドワードは皮肉たっぷりに言い放った。
「ふん。こちらもいい研究材料として髪や血液を採取できた。また、倒れることがあったら来るがいい。その時は、腕の一本でも切り落として、再生能力がどれ程のものか確かめてくれる」
「ひぃっ!?」
グロテスクな解剖宣言をされたフランは、自分が切り刻まれる想像をしたのか、悲鳴を上げてユーキの後ろへと隠れた。
「――――冗談だ」
「いや、あなたが言うと笑えませんから」
思わずユーキが突っ込むがエドワードはそれ以上、話す気はないらしく、体を横にして通路への道を譲る。
「し、失礼しました」
ユーキたちが脇を通り抜けて通路への扉を潜っていく。直立不動で動かないエドワードに、扉へと手をかけたままフランが振り返って声をかけた。
「あの、ありがとうございました」
「何も治療には貢献できていない。その言葉は少年たちに言うと良い」
「でも、あなたはずっと呼びかけていてくれました。『助けてやるから、それまで自分を信じろ。生きてさえいれば、何とでもしてやる』って」
「………………」
「だから、ありがとうございます。ユーキさんたちが来るまで持ちこたえられたのは、あなたのおかげだと思うから」
「知らんな。何のことだか、さっぱりだ」
目を合わせず、ぶっきらぼうに呟くエドワードをフランは笑った。それこそ、面白くて仕方ないという風に。
「冗談も苦手ですけど、嘘も苦手なんですね」
「――――放っておけ。錬金術師には真理と技術があれば、それでいい」
自嘲気味に笑うエドワードを見ていたフランの後ろで、ユーキが呼ぶ声が響く。
「では、行きますね」
「二度と来るな。君のような失礼な小娘などに顔を合わせるなんぞ虫唾が奔る」
声を張り上げたエドワードにフランは微笑むと扉を潜り走っていった。ゆっくりと扉が軋む音をたてて閉じていく。フランがユーキたちへ追い付くと同時に扉は完全に閉じた。
見送った彼の脳裏にはフランの笑顔と共に、首から下がる黒い茨と薔薇の蕾を思わせるルビーが眩しく輝いていた。その光景があまりにも眩しすぎて、思わず目を閉じてしまう。
「ふん。何が真理と技術だ。反吐が出る」
そう言ってエドワードはポケットから手を出す。
手の中には無数の小さなルビーの原石が、固まりきっていない血と共に握られていた。
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