温泉Ⅶ
意見を幾つか出し合って見るものの、残念ながら成果はなかった。
「――――お父さんは、何か言ってる?」
「いんや。一応、思念で報告だけは送ろうと思ってるけんど、どうもこの村の周囲の結界から嫌な雰囲気を感じるだ。それに『まずは自分の力で何とかして見なさい』って言われるだよ」
「じゃあ、伝えられる時にお父さんに伝えておいて、『私たちの為に他の人の命が奪われるのを見過ごすことはできない』って」
既に一人。寛太が一度、死にかけている。運良く息を吹き返したが、一歩間違えれば死んでいたことは間違いない。
そんな幸運が何度も続くわけもなく、その焦燥感が勇輝たちを駆り立てた。
「こんなことを言うのもなんだけど、広之さんって結構、厳しい人だな。俺にいきなり巳式をけしかけたこともあるし」
「ひひん。そこは否定できないですな。勇輝殿やおっ嬢は目の前にある命は何が何でも救う人柄ですが、主の場合は、まずは自分の大切なものを優先して、必要ならば他のものは切り捨てる。そういう考えをすることもありますので」
午式は否定をするどころか、娘である桜の目の前で堂々と首を縦に振った。それに勇輝が唖然としていると、午式は小さなため息を吐く。
「勇輝殿の考える『みんなを救いたい』という気持ちは尊いものです。しかし、力をつけて手の届く範囲が広がると気付く時が来ます。自分の手では掬い切れずに零れ落ちていく人が、必ず出てしまうのだと」
天井を見上げた午式は、遠い目で何かを思い出しているようであった。
その雰囲気に勇輝はもちろん、桜や丑式も声を発することができず、部屋の中に静寂が訪れる。十秒か二十秒か。はたまた三分か。短くも長くも感じる時間の果てに勇輝は口を開き――――
「おっと、いけません。お二人とも、拙者たちと違って睡眠が必要なはず。こうしている間にも、時間は過ぎていってしまいますぞ。さぁ、ここは拙者が用意した布団にお入りください!」
おもむろに立ち上がった午式は、目にも止まらぬ速さで敷布団を用意すると、冬の寒さ相手には頼りない厚さの布が置かれる。それを三分の一ほど捲り上げ、午式は歯茎が見えるほどの良い笑顔で勇輝と桜へ振り返った。
「さぁ! どうぞ!」
「いや、あの……午式さん? 何故、一人分なんです?」
午式が用意した布団は一人分のみ。昨日は四人分の布団があったはずなので、足りないということはないだろう。
「まだ陽が完全に沈んでから時間が経っていないとはいえ、かなり冷えます。村人の乱入で体を温める暇もなかったでしょう。ここは一つ。二人仲睦まじく、お互いの肌―――――」
「何を言っとるだよ!」
「――――をぽっ!?」
いつの間にか背後に回っていた丑式が午式の頭をひっぱたく。それなりの勢いであったが、そこは同じ人物を主とする式神同士。驚くことはあっても、そこまでダメージを負っていない。
勇輝は苦笑いしつつ、二人の脇を通り抜けて自分で布団を用意する。流石に、父親の目であり、手でもある式神がいる前で手を出さないとはいえ、同衾をするのは気が引けた。ただ、コートを着ていないと寒さが身に染みるのも事実だ。
「午式さんの言うことにも一理ある。長々と考えてもいい考えが浮かばないなら、ここはしっかり寝て、その後で証拠を集めるしかない」
「そ、そうだね。疲れた頭で考えてても妙案は出てこないよね」
勇輝に促され、桜も仕方ないと布団へ向かってくる。バランスを崩しながらも掛布団を持ち続けた午式の案内に従って、布団の中へと潜り込んだ。
「あの、もーさん。お願いがあるんだけど」
「んだ。何でもお任せあれなんだな」
しかめっ面から一転、桜に微笑む丑式。
何も言葉を交わさずに見つめあっているところを見るに、どうやら思念で何か会話をしているらしい。勇輝はその様子を見ながら、掛布団を肩まで引っ張っていると、唐突に丑式が声を挙げた。
「そりゃぁ、無理だ。おらたちが頑張っても、嬢を簡単に目を覚まさせるなんて――――」
「あ、もう、声に出さないでって!」
どうやら、寝起きが悪いので丑式に目覚ましの役をお願いしていたようだった。
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