温泉Ⅰ
宿に戻って来た勇輝は、畳に大の字に寝転ぶ。
「だーめだ、こりゃ」
聞いても聞いても、返って来る言葉はなかった。むしろ、怪しんでくれと言わんばかりの冷たい対応、奇妙な行動。逆に何か別の事件が起こっているのではないかと疑ってしまいたくなるほどだ。
「でも、少しだけわかったこともあるよ。ほら、お年寄りの人は怒ったり、変な行動をしたりしてたけど、若い人たちは気まずそうにしてただけだったでしょ」
桜の言う通り、ある程度の年齢で反応が別れていた。
およそ六十を超えた人たちは、絶対に話さないという固い意志を感じ取れた。それこそ、多少の拷問にも耐えて見せると言わんばかりの必死さすら感じられるほどに。
三十代から五十代は比較的、話が通じそうではあった。だが、反応はあまりよくないのは変わりなく。彼らからも何かしらの情報を得られるとは感じられなかったのが、正直なところである。
そして二十代以下に関しては、そもそも晴久という存在がいたこと自体は知っていても、プライベートのことについては、あまりよく知らないという様子だった。
それを考えると、最初に出会った子供たちから話が聞けたのは幸運だった。
「――――で、後はみんなが寝静まった夜に、誰かが呪いを掛ける可能性があるから見張りをするんだっけ? 確実に把握できるのは俺だけだから、徹夜確定か」
陽が落ちる前に宿に戻って来たのもその為だ。早めに夕ご飯も終わらせてあるので、後は一度、仮眠を取って、夜に備える予定である。
徹夜をするのは、かなり久しぶりなので、勇輝の顔には不安の二文字しかない。何しろ、徹夜なんてものは、この世界に来るまで両手で数えるかどうかといった経験回数だ。
大人になっても日付が変わる前どころか、午後十時には布団の中に入る癖が着いていた。勇輝は、そんな自分が果たして朝まで意識を保っていられるか自信がなかった。
「あはは、最後に夜の見張りをしたのは、護衛以来の時だっけ? あの時とは違って、寒いから眠りたくても寝られないかもね」
桜が苦笑いしていると、障子がさっと開く。
そこには土間で文枝と話をしていた丑式が立っていた。
「んー、村長の婆さんもだめだ。他の人たちほどじゃねえが、のらりくらりと躱されて答えてもらえなかっただよ」
村中を調べ尽くしたわけではないが、他の人に聞いても結果は変わらないだろう。少なくとも、ここにいる四人はそう考えていた。
「ひひん。ここで悩んでも何かがわかるわけではありません。まずは、見張りの為に英気を養っておくのが良いですぞ。そうだ、確かこの宿は温泉があったはず。宿泊客は拙者たち以外はいないそうなので、勇輝殿もおっ嬢も浸かって来てはいかがですかな?」
「うーん。そうしたいのは山々だけど、一人で入ってて何かあったら怖いから……」
どうも温泉という存在自体には惹かれつつあるようだが、状況がそれを許さないと言った雰囲気を桜が醸し出す。
ミステリー小説でもよくあることだが、一人になるというのは殺人鬼に襲ってくださいと言っているようなものだ。勇輝たちは仮にもその犯人を追い詰めようとしている側なのだから、当然、犯人からすれば鬱陶しい存在。
そして、小説と違って、犯人の選択肢には探偵サイドである勇輝たちを殺すという手段が存在している。桜が乗り気にならないのは当然と言えるだろう。
「――――では、おらと一緒に行くだ。あんまりおらは浸かれないけんど、護衛と考えれば十分なはずだよ」
「ふむ、では勇輝殿は拙者と参りますかな? 水入らずで親睦を深めましょうぞ」
座っていた午式が鼻息荒く立ち上がる。部屋の中は外ほど寒くはないはずなのに、息が白く噴き出しているように幻視してしまう。
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