紅の輝きは何物にも染まらずⅤ
通路の手前まで来たリリアンは、振り返るとユーキたちに着いてくるように指示を出す。
「あの、勝手に進んでいいのかな?」
「さてね。少なくとも、追ってくるだけの体力は残ってないみたいだし、いいんじゃない?」
「フラン、助けるのが優先」
フェイが何度も振り返って、エドワードの様子を見るが椅子に座ったまま動く様子はない。正確には、立ち上がろうとしているが足が震えて立てないといった方が近い。ユーキが考えていた以上に消耗しているようで、ロジャーの話を出した時に興奮していたのも空元気だったようだ。
「でも……ユーキさん。周りから魔力を取るとしたら、城の防御魔法とかそこら中にある魔力を取り込んでいけば、すぐに体調は元に戻るんじゃない?」
「特定のものにしか反応しないようにできてるんじゃないかな? リリアンさんも言ってたけど、何でも吸収できるなら、そもそも一人で使う方が強いと思うしさ」
前を進むリリアンは前を見据えたままユーキの解答に頷いた。やや斜め後ろからだが、リリアンの表情は非常に清々しそうに見える。
「その通りです。この術式の捕捉対象条件は人間と魔力を溜め込んだだけの物質。そこら中に浮いている魔力は取り込んでも質が違うので意味がないです。ましてや、他人の意思が通った魔力を奪うというのは魔法のコントロールを奪うことには使えますが、奪う魔力以上に魔力を使っては意味がありません」
十数秒歩いて隣の部屋の扉と思わしき前へ仁王立ちしたリリアンは、その扉に手をかけるとゆっくり体重をかけて開ける。軋む音をたてて扉が開くと、地下とは思えないほど清潔そうな部屋が見えた。
もっとも、そのきれいな部屋の景観とは正反対の存在があまりに浮いている。それは牢屋という名の鉄格子の檻。そして、フランの手足と胴を固定する革と金属の二重の枷だ。ただ広く綺麗なだけの部屋に大きな鉄格子の檻など、まるで猛獣を違法飼育しているようにも思える。
「まぁ、吸血鬼ですからね。この程度の拘束は当然でしょう。私でも、これくらいのことはやります。鉄格子も魔力封じの術式が掛けられているから、外から魔法で物を置くのは難しいですし、直接置きに行くしかありません。準備は良いですか?」
リリアンが牢屋の入り口に杖を向けるとユーキへと視線を合わせる。
鉱石を握りしめたユーキは、力強く握りしめると大きく息を吸って頷いた。その姿を見たリリアンは落ち着かせるような声で語り掛ける。
「大丈夫。言ったことが正しければ、彼女の傍にそれを置いてくるだけ。万が一、危なくなったらこの入口へ、すぐに戻ってきてください。中の鍵は一度把握すれば、開けるのも閉めるのも容易いものですから」
「……噛まれないよな」
嫌な予感を胸に、ユーキは高鳴る心臓を深呼吸で押さえる。その様子を見てサクラとフェイが近寄ってきた。
「わ、私も行こうか?」
「お前だけだと心配だ」
「いや、良い。ヤバかったら身体強化で逃げ……れるかなぁ?」
以前、フランが発揮した戦闘での速さは目で追えるかどうかの速さだった。それを考えるといくら拘束されていても不安は残る。
頭の中で牢屋の中から抜け出すシミュレーションをしていると微かにカチリと音が響いた。
「すげぇ、宮廷錬金術師が使ってる牢屋を開けるなんて、あたしでも時間かかるぜ」
「時間がかかるってだけで、開けられるあなたも相当な変わり者だと思いますよ」
「マリー、変わり者……」
「う、うるさいやい」
緊張感があるのかないのかわからない二人が騒いでいると、ユーキの視線に気付いたマリーが近づいてくるなり、鉱石をユーキの手から奪い取った。
「ちょっと!?」
「なーにビビってんだよ。こういうのは勢いっていうのが大切なんだ。見てろよ?」
牢屋の中には診察台のようなものが一つあるだけで何もない。そのような状況だというのにユーキは嫌な予感が背筋を駆け上った。
その瞬間、ユーキは慌てて魔眼を開く。僅かに開いた扉の先には黒い茨の触手が既に待ち構えていた。
「間に合えっ!」
最初に比べて、発動にもだいぶ慣れた身体強化だったが、それでも僅かにマリーが扉に手をかけるのが先だった。ユーキはそのままの勢いでマリーと扉の間に体を割り込ませながら鉱石を奪い取る。
視界の端で黒く大きな触手がゆっくりとユーキの方へとうねった。その動きをユーキは身をかがめ、一気にすり抜ける。僅か三歩で届く距離ではあるが、その先にはもはやアイリスの操った水と同じような動きで迫りくる触手たちが待ち構えていた。以前に見た時より動きも鋭く、一つ一つの触手も太くなっているように見える。
「(俺の魔力が吸いつくされるのが先か、鉱石を置いて逃げるのが先か)」
触手の範囲内にいるのだから、鉱石を置いて逃げるという手も考えられた。
しかし、万が一触手ではなく本人に触れる様にしないと意味がなかった、という事態は避けたい。もう一度入れと言われても、その時には牢屋の中が魔境と化している姿しか想像できなかった。
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