親交無き葬式Ⅲ
腕をわなわなと震えさせながら、午式は丑式に詰め寄る。
「あのですね。確かに主はおっ嬢たちに呪いについて学ばせろと言ってはいましたが、順番というものがあるでしょう。順番というものが」
「あぁ、そうだ。死にたてほやほやの体から感じられる呪いの感覚は、望んでも簡単には居合わせることが出来ねえ。最優先で学ばせるに決まってるだ」
「丑式。あなたは段階を飛ばし過ぎと言うか、優先順位を間違えていると言うか――――あぁ、もう、何で伝わらないんでしょうかっ!?」
午式は頭を掻きむしる様に両手で抱え込む。
その言葉を聞いて、勇輝は心の中で「やっぱり、そうだよな」と頷いた。
いきなり、死体を見せられるというのは気分が良いものではない。単純に呪殺にあった死体だから怖いというのもあるが、お亡くなりになった人自身に申し訳ないという気持ちが一番大きいだろう。
せめて、こんな呪いがあると実践するところを見るのが、入門編として学ぶ順番のはずだと勇輝は考える。
午式の意見には桜も賛成のようで、倒れ伏したまま小刻みに顔を縦に振っている。
「確かに最初の衝撃は大きいかもしれないけんど、その分、絶対に忘れられないだよ」
「そりゃ、忘れられないよ。あんな光景を見せられたらさ」
勇輝の脳には今も、呪殺された男の死体の様子が写真のように焼き付いている。目を閉じれば、瞼にその光景が映し出されるくらいには、鮮烈な光景だった。
肉眼では見えなかったが、魔眼では喉と胸の辺りから黒い靄が漏れ出ており、視界に入るだけで胃の中の物が逆流してきそうになった。おまけに、その靄の周囲から血管を無理矢理拡張して何かが通っている――――まるで植物が根を張っていく――――ように脈動していたのには、死体なのに生きていると感じさせる不気味さもあった。
今思えば、あらかじめ継司が団子を食わせていたのは、その姿を見た後に夕飯が食べられないだろうということからの配慮だったに違いない。
あの時、丑式も神妙な顔をして待っていたのは、勇輝たちがこうなることを見越していたのだろう。
「――――とりあえず、今日はもう寝たい、かも」
桜が顔を枕に埋めて両足をパタパタさせる。
勇輝も桜も、まだ会話を続けられているのは、良くも悪くも魔物の死体を見慣れていたからというのが大きいだろう。
人と魔物では何もかも違うが、少なくとも、勇輝がいた世界では、毎日、動物の死体を見かけるというようなことはなかった。それだけ、この世界に死が溢れているということでもある。
果たして、この慣れに喜んでいいのかはわからないが、この場においては吐かずに戻って来れただけマシなのは確かだ。
魔法石の灯りに照らされた天井を勇輝は転がって見上げる。
冬の寒さと相まって、先程まで全身が鳥肌立っていたが、何とか落ち着いてきた。すぐには寝れないにしても、寝ずに朝を迎えるというのは避けられそうだった。
「おっ嬢、お風呂はどうされますか?」
「今日ばかりは、無理。魔法で汚れだけ落して寝たいな。勇輝さんは?」
桜が杖を取り出して、上半身を起こす。勇輝も右手の人差し指に嵌った銀の指輪に魔力を通しながら、反動をつけて体を起こす。
「俺も今日は避けたいな。頭を洗っている最中に後ろが気になって仕方なくなると思うからさ」
「あぁ、水場で夜に、しかも視界が限られるとなると、いないものもいるように感じてしまうアレですな。拙者もよくわかります。式神なので風呂に入る必要はありませんが」
――――それではわからないのでは?
一瞬、勇輝の中に疑問が浮かぶが、それを口に出せるほどの気力は残っていなかった。
「そういえば、ここ、お風呂はあるんですか?」
「えぇ、おっ嬢たちがいない間に、色々と宿の中を散策したのですが、土間の奥の方に進むと温泉がありました。他の宿にもあるようで、小さい宿場町ですが、それを目的にわざわざここで止まる人もいるのだとか」
事件が解決したら、せめて一度くらいは温泉に浸かりたい。そう思いながら、勇輝は体や服の汚れを落とす魔法を発動させた。
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