亡霊武者Ⅱ
何かが前方から来る気配。
咄嗟に魔眼を開いた勇輝は驚愕する。全身を真っ黒な靄で覆い尽くした馬とそれに跨った人間が唐突に姿を現したからだ。
しかも、驚くのはそれだけではない。馬の首の途中から先が忽然と消えていた。断面は漆黒の闇があり、ずっと見ているとそこに吸い込まれるのではないかという錯覚を覚える。
「も゛!? こ、これは――――」
丑式が大声を上げたことで、勇輝は我に返る。魔眼でなくとも、目の前の存在が見えるのか、と。
そう考えた矢先、午式にもその姿が見えていたのだろう。追突を避けるために急な減速がかかった。
桜の後頭部に顔面をぶつけそうになりながら、勇輝は何とか午式の首の付け根に両手を着くことで、何とか落馬だけは避けることに成功する。
鼻から額にかけて、痺れるような痛みが走る中、勇輝は肉眼で前にいるだろう首無し馬とその乗り手に視線を向けた。
魔眼で見た時とは違い、その体はくっきりと見えていた。体の輪郭はしっかりしており、馬の毛並みは午式同様に栗毛の艶が陽の光を受けて輝いている。それでも首の断面だけは、不思議と肉眼でも認識できない状態であった。
視線をわずかに上へと向けると、今度はその乗り手である武士の姿に息を飲む。
上等な甲冑を身に纏い、背筋を張って威厳のあるたたずまいを感じさせる。だが、浅黒い肌に痩せこけた手や顔からは明らかに生者ではない気配を感じ取ることができた。
山の向こう側に太陽が沈もうとしているが、まだ辺りは随分と明るい。幽霊と見間違う筈はないのだが、勇輝の本能はその類の存在であると警鐘を鳴らす。
「ちゅ、丑式さん。あれって幽霊ですか?」
「地縛霊の類だ。しかも、相当な恨みを抱いて死んだんだな。ここまではっきりと見える霊に遭うことは数年に一度あるかないか……」
爛々と光り輝く瞳が勇輝たちを射抜く。
もし、こちらの世界に来て、勇輝が初めて出会ったのが彼であったならば、確実に恐怖で動けなくなっていただろう。
しかし、幸か不幸か、格上の魔物と戦うことが多かった経験が勇輝を冷静にさせてくれた。落ち着いて呼吸をしながら相手の出方を窺うことができる。
「――――」
武士の方は無言で見つていたが、数秒と経たぬ内に佩いていた太刀を抜き放った。
勇輝たちと武士の間の空気が張り詰める。風は吹いているのに、時が止まったかのような感覚が襲ってくる。
「幽霊って、倒せるんですか?」
「んだ。勇輝殿の『がんど』なら、気を飛ばしてるから効果は抜群だ。まだ解明されてないが、ああいう相手には基本的に物理攻撃は通らねぇと思った方が良いだよ」
「……でしょうね」
幽霊を斬ろうとしても、空気のように素通りする想像しかできない。
「逆にあっちの攻撃を食らうと不調になったり、最悪、死んだりすることもあるだ」
「それ、魔法が使えないと太刀打ちできないじゃん!」
相手によっては一方的に攻撃できる。あまりにも不公平なことではあるが、恨みをもって死んだのだから、どのような手を使っても目的を成し遂げようとするのは当然の行動だろう。
それが怨恨で人を殺したいという想いがあれば、なおさらだ。
「丑式さん。もしかして、今回の事件の犯人って――――」
「んだ。あの霊がやった可能性が高いに違ぇねんだな」
武士は太刀をゆっくりと勇輝たち――――正確には午式の眉間――――に向けて、まっすぐに伸ばした。
嫌な予感がして、勇輝は思わず肩を竦める。それと同時に午式も行動を起こしていた。
「勇輝殿! おっ嬢を抱えて!」
午式の声に勇輝は咄嗟に桜の腰を両手で抱える。すると、ボフッという音と共に下半身に感じていた午式の体温が掻き消えた。
「うおっ!?」
唐突に重力に引かれ、落下し始めた勇輝は頬を引き攣らせる。
落ちるということに人一倍恐怖を感じる勇輝は、何とか足の裏から地面に着地しようと全神経を研ぎ澄ませた。その甲斐があってか、そのまま桜を抱えて背中から地面に倒れ込むことに成功する。
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