亡霊武者Ⅰ
目的地の宿場町に着く頃には、陽が傾き始めていた。
幸い、黄昏時前には到着できたことに丑式は安堵のため息を零した。
「ふー、予定より早く着いて良かっただ。呪術も怖いけんど、夕方の日の入りも変なのが出入りするから危ないだな」
昼から夜に切り替わる時間は、この世ならざるものが活動を始める時間であり、生者の世界と死者の世界が繋がる時間とも言われる。特に風景が一変する山や森の境、滝や川などの水辺などは神域や死者の国へと繋がると信じられていた。
「でも、正直に言って、雛森村の場合は夕暮れ時の魔物より百鬼夜行の方が怖いよね。数も多いし、対応の仕方を知ってないと危ないから」
「ひひん。それならば、黄昏時も油断なりませんぞ。何せ、何と出会うかなど時の運ですからな。誰そ彼時とは、昔の人も上手く言ったものですぞ」
そこにいる者が誰か、顔が暗くてわからない。もしかしたら、それは人の姿をしているが化け物かもしれない。そんな心の片隅にある恐怖心が言葉となって現れているのだろうが、午式の言う通り上手く言い表せすぎている。
「言葉に力が宿っているからこそ思いついたのか、思いついてしまったから、そこに力が宿ったのか。どちらにしても、先人たちが語り継いできた言葉や物語には何かしらの真実が含まれてるはず。それを踏まえて、どう行動するべきかを考えるのも術を行使する者の仕事の一つだとお父さんは言ってた。だから、もーさんの気持ちは私もわかる」
ファンメル王国にいた頃は、すっかり忘れていたけれど――――。
そんな言葉を付け加えた上で、桜は苦笑いする。
「でも、そんな時間帯に見る空の色は素敵だと思わない? 次々に色を変えていく景色って、見ていて綺麗だと思うの」
「あぁ、それは同感かも。赤や青、時には紫。日によっても色合いが全然違うから見てて飽きないな」
僧正の下で鍛錬をし続け、足も腰も悲鳴を上げて仰向けに倒れた時に見た、何とも言えない美しい空を勇輝は思い出す。体中から疲れと痛みを訴える電気信号を受信し続けていた脳が、その色を認識した瞬間に、それらの信号を一時的に受け付けなくなるほど。
「わかります。わかりますぞ。拙者も門番でずっと外にいるから、空の色が心を癒してくれることを、どの仲間よりも実体験しています。可能ならば、その空の下で思いきり駆け回りたいですな」
「いや、今まさにその空の下を走っている最中なんだな」
「おっと、それは確かに」
午式が笑い声を上げていると、やがて原っぱの向こうに田んぼが見えて来る。茶と灰褐色の中に緑色や黄金色がまばらに散っていた。雪こそ積もっていないが、本格的に冬がやってくることを嫌でも感じさせる。
数分もせずに、田んぼの向こうに民家の屋根が見え始めた。目的地が近付いてきたことに、勇輝たちは表情を少し強張らせる。
「さーて、呪殺をしたというからには、相当な相手と見るんだな。腕が鳴るだ」
呪術師の仕業か、呪物による事故か。それは例え被害者を見たとしても、そう易々と見抜けはしない。そんな証拠もあるのかわからない状態から、犯人を見つけ出すには、それらよりも上回る力が無ければ難しい。
その点、丑式は広之の使役する式神たちの中で呪術を得意とすると豪語し、周囲もそれを認めている。そんな存在がいてくれることに、勇輝と桜はかなりの安心感をもって、村へと近づいていくことができていた。
「因みに、ここに来るまでで何か変なところは?」
「いんや。特には感じられね。あぁ、でも勇輝殿の呪が濃いから、感覚が鈍ってるのかもな」
丑式は目を細めて、己の頬をグニグニと押す。何度か首を傾けて、時折、勇輝の方を見て確認をしているようだが、特段、気になることはないらしい。
勇輝はほっと息を吐く。
そんな彼らが差し掛かったのは四辻。午式がそこに差し掛かった瞬間、勇輝の足裏から頭のてっぺんまでを怖気が一気に駆け抜けた。
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