対応部隊Ⅶ
勇輝がわずかに顔を俯けると、丑式は首を勢いよく横に振る。
「あ、そんなに落ち込まなくても大丈夫なんだな。呪にも良い呪と悪い呪があるから」
呪いに善悪などあるものか、と勇輝が疑問に思っていると、桜が思い出したように肩越しに振り返った。
「呪いって言うと基本的には悪い意味があるから、よく間違えちゃうんだけど、『呪』はどちらかというと『お呪い』の方の意味に近いかな」
神様へのお祈りや結界術の詠唱も良いことに使われるが、それもまた一種の呪であるという。つまり、ざっくり言い換えてしまえば、丑式の言う呪とはファンメル王国で言う魔法と同義らしい。
「んだんだ。そうやって無事に生きているのを見ると、そういう守る為の呪に近いんかもな。おらみたいな呪術特化の奴じゃなきゃ、勘違いするくらいには強いだ」
九尾の狐にすらドン引きされたと考えると、相当な重さなのだろう。一体どこの誰が、そんな物を用意したのか勇輝には不思議でならなかった。
思考の海の中に沈みそうになっていると、午式の大きな揺れによって現実へと引き戻される。慌てて、手綱を握り直し、桜の体を前腕で支えた。
「お話し中のところ失礼。どうやら、近くに魔物がいるようです。戦うのも良いですが、いちいち相手をしていたら、拙者の脚といえども日が暮れてしまいます。雛森村からも離れておりますし、ここは少し速度を上げさせていただきます。勇輝殿、手綱をしっかりと握っておいてくれますかな? おっ嬢を頼みますよ」
わかった、と勇輝が返事をする前に、既に午式は加速を開始していた。
蹄が地面を蹴り上げる度に、土が捲り上がり、小石が吹き飛ぶ。風が顔を叩き、腰が何度も宙に跳ね上げられた。
鞍も無ければ鐙もない裸馬では、足で踏ん張ることもできず、ただただ物理法則に従うしかない。
勇輝は頬を引き攣らせながらも、わずかに笑みを浮かべていた。
「これ――――怖いけど、凄い気持ちいいな」
落馬を想像すると笑ってはいられないが、それを超えるだけの爽快感がある。自転車や自動車とは違う風という名の速度を感じることへの楽しさがあった。
「ひひん。まだまだ、速度は上がりますとも。やると怒られそうなので、今日はここで抑えておきますが、勇輝殿が慣れたら、いつか全力で走って差し上げます」
「いつもなら全力で拒否するところだけど、午式さんならぜひお願いしたい」
「やせ我慢はほどほどに、ですぞ。馬は乗り手のことを結構敏感に感じ取りますからな。勇輝殿の足、気付いてないかもしれませんが、少し震えておりますので。他の馬に乗る時にも、ご注意を――――そろそろ、振り切りましたかな?」
午式が首を動かして、後方を確認する。勇輝も振り向こうと思ったが、この速度ではそんな勇気は出なかった。
「んだ。あの様子だと狼だ。追い付けないとわかるや、さっさと茂みに戻って行っただよ」
「ふむ、走り応えのない相手ですね。たまには全力で勝負できる相手が欲しいものです。ひひん」
徐々に速度を落としていく午式。
振動が収まるにつれて、勇輝は自身の脚が午式の言う通り震えていることに気付いた。
「桜は、平気だった?」
「うん、一応、小さい頃にいっぱい乗せてもらってたから。本気になったまーさんは、今のよりも全然早いよ」
屈託のない笑顔で笑う桜。とても嘘をついているとは思えない。
「まぁ、そのせいで何度か他の式神さんたちにまーさんが怒られる羽目になったんだよね」
「う、おっ嬢。そのことは忘れてくださいと何度も言ったじゃありませんか」
よほど絞られたのだろう。午式の体が不自然に強張るのを感じ取った。
「仕方ないだな。あの時は主よりも奥方様の方が大層、お怒りだったんだな」
勇輝は桜の母である泉子とは、夜駆けの儀と姫立ちの儀を終えた朝に会ったことがあるくらいだが、とても怒る姿が想像できない物腰の柔らかい人だったことを覚えている。
「お父さんもお母さんも怒ると怖いのは、どこのおうちでも一緒だって」
「うーん。それはどうだかなー。おらみたいに角が生えるまで怒った姿は見たことないだな」
「もーさんのは生まれつきでしょ」
「そうだったんだな」
丑式の言葉に全員が笑い出す。楽しい雰囲気で道中を楽しむ四人であったが、村に着いてからはそんな気分には、とてもなれないことをこの時はまだ知る由も無かった。
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