紅の輝きは何物にも染まらずⅡ
「――――そこからは、マリーとクレアさんが目を覚ますのを待って冒険者ギルドに帰還。あ、アイリスを運んだのはユーキさん。疲れてるはずなのに、一人でずっと運んだんだよ」
「まったく、諦めるんなら最初から喧嘩売ってくるなって話だよ」
サクラの話を聞いていると横からマリーが入ってきた。
「因みにオーウェンたちの罰則はランクを一つ下げて、奉仕活動一週間だってさ。何か納得がいかないなぁ」
「……ダンジョンは?」
アイリスも状況が飲み込めてきたようで、今まで閉じていた口をやっと開いた。
「クレアさんと相談して、ギルドには報告するけど非公表にしてもらうって。一緒にいたロジャーさんの後押しもあって、問題なく手続きしてくれたみたい」
「そう、それは良かった」
アイリスは安心して息を深く吐いた。柔らかい枕へと頭を預けるとゆっくり目を瞑った。
しかし、何かを思い出したのか。急に目を開くと体を起こした。
「ど、どうしたの?」
「サクラ! 今、日付は!?」
「く、九月二日だけど……」
アイリスが痛みに顔を顰めながらベッドから抜け出そうとするが、足がシーツに絡み上手く抜け出せない。その姿に慌ててサクラとマリーがベッドへ押し留めようとする。
「ど、どうしたんだよ。落ち着けって」
「マリー。フランを助けられるのは今日まで……!」
アイリスが目を窓の外に向けると外の景色は真っ暗だった。既に陽は沈み、日付も変わろうとしていた。
自分のことは放っておいて、フランのために動くべきだった、とアイリスは考える。慌てる様子のないサクラとマリーを見ていると苛立ちが生まれてきた。
そんなアイリスの心情を知ってか知らずか、サクラが口を開く。
「そのことなんだけどね。明日、保護しているエドワードさんから城に来るようにって連絡があったの」
「むかつく言い回しだけど、あたしらにとってはちょうどいいってわけ。だから、こうしてアイリスを看病できたってこと。流石に明日になっても目覚めなかったら、あたしは置いてみんなに行ってもらう予定ではあったけどさ」
その言葉にアイリスが安心して、ベッドへと体を倒した。重力にひかれるままに倒れた体は軽く跳ねて、ベッドを揺らす。
「……説明が、遅い」
「言うタイミングがなかったんだから仕方ないじゃん」
目を瞑って文句を言うアイリスにマリーが苦笑いで応える。その横で、サクラが微笑んだ。いつもの三人の日常に戻ったような空気になるが、それでもどこか元気がないのは、本人たちが一番よくわかっていた。
「明日のいつ?」
「いつでもいいって。常識的な範囲の時間に来い、だってよ」
「だから、アイリスはゆっくり休んで。明日大丈夫そうだったら一緒に行けばいいから」
アイリスは頷くとしっかりと枕まで体を移動させて、お腹の上で両手を置いた。微かな呼吸音と共に眠る体勢に入るが、ものの十秒で目を開ける。
「さっきまで、寝てたから眠くない、よ」
「だーめ。一応、ケガ人扱いなんだから大人しく寝てるんだぞ」
起き上がろうとしたアイリスをマリーが力ずくでベッドへと押し倒す。力では敵わないため、不満顔で抗議するが、二人が聞く気がないことを察するとアイリスも黙って横になった。
眠るまで傍にいるつもりなのか、サクラとマリーがじっと見つめていると、そのままアイリスは口を開いた。
「ごめん、ね」
「どうしたんだよ。アイリス。らしくない」
「だって、たくさんの人を傷つけた」
ほんの少し、アイリスの声が震えていた。そこで、どんなに頭は良くても中身は十二歳の少女だということに二人は気付く。
「マリーを守りたかっただけなのに、全然うまくいかなかった。魔法も勉強もうまくできるはずなのに、思い通りにならなかった」
「アイリス。世の中なんてなぁ。教科書に載ってないことばかりだぞ。逆に魔法や勉強ができるだけで上手く成り立つ世界なんてあってたまるかってんだ。みんな、あたしの父さんや母さんみたいな火力バカになっちまう。そんなの、あたしはごめんだね」
「でも……」
「でもじゃないんだぜ。人生、成功より失敗の方が多いんだ。そんな失敗さ、ちゃんと前向いて立って歩いていけば、いつでも取り返すくらいの成功ができるから気にすんな」
「マリー……」
目を細く開けたアイリスがマリーを見ると照れくさそうに笑って、頭をかいているマリーがいた。
「――――って、ユーキが言ってた」
「…………」
「あ、あはは。マリー、それ言ったら、その……なんか台無しだと思うんだけど」
「……やっぱり?」
絶句していたアイリスだったが、ふと我に返った瞬間、思わず吹き出していた。軽く笑っただけだったが、年相応の笑顔と笑い声にサクラとマリーの時が止まる。
「――――マリーらしいや」
「ちょっと待て、アイリス。それどういうことだ」
「なんでもない、よ」
「いーや、今絶対、何かあっただろ。正直に」
「そんなにうるさいと眠れなーい。サクラ、マリーを追い出してー」
「はいはい、それじゃ、アイリス。また明日」
暴れ気味のマリーをサクラが引っ張って出ていくと、扉が大きな音を立てて閉まった。閉まる直前にサクラが「おやすみ」と声をかけたが、マリーの声にかき消されてアイリスの耳には届かなかった。
先程までの喧騒が嘘のように、部屋の中が静まり返る。
「おやすみ」
アイリスの呟く声が部屋の中に小さく響いた。
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