命短しⅥ
呪殺といえば、真っ先に浮かぶのが丑の刻参り。深夜一時から三時にかけて、神木などに呪い殺したい相手を藁人形に見立てて釘を打ち込み、七日間、誰にも見られずに完遂すれば、相手が死ぬというもの。
ただし、見られた場合は無効化されるか、最悪、自分に呪いが返って来て死ぬ羽目になる。
「村長のところに東雲家の経由で連絡が来ましてね。私の式神を派遣することにしていたのですが、一つ気がかりなことがありまして。――――君は呪いを魔眼で見たことは?」
「こちらの国で言う呪いは、あまり詳しくはないですね。心刀を作る時のものならわかりますが」
勇輝が答えると広之は首を横に振った。
「それはいけませんね。どの国でも呪いを掛ける術は存在するので、見えざるものを見る眼を持つならば、実際に見ておいた方がよいでしょう。その方が自分や周りの人を守る時に気付くことができますから」
それを聞いて、勇輝は広之が考えていることに思い至った。
本来ならば広之だけで解決できる事案だが、それを勇輝に手伝わせることで経験を積ませようとしているのだ、と。
「えぇ、この場で簡易的な呪いをお見せすることはできますが、人を殺すだけの力となると、それは次元が違います。大は小を兼ねるとも言いますので、見ておいた方が後学のためにはよいかと」
広之も勇輝の表情を見て、勇輝が真意を悟ったことを理解したようであった。再び、柔和な笑みを浮かべると、風がまた通り過ぎていく。
「父さん、それは私も――――」
「もちろん、今回は桜にも一緒に行ってもらいます。あれだけは肌で感じておかねば、決してわからないもの。自分の身を守る為にも」
呪殺を防ぐ対策を施した上で、その残り香を全身で感じて欲しい。そのように広之は告げると、池の方へと視線を移した。鯉が跳ねたのか、水面に大きな波紋が生まれ、薄れていく。
「君の気飛ばし――――ガンドについても調べたけれど、それもまた場所によっては呪いの一種とされる。誤った認識のまま使っていると、いつか自分に返ってくることになるかもしれない」
己を知り、敵を知れば百戦危うからず。その逆もまた然り。自らの力を知らぬまま使えば、いつか大火傷をする羽目になると広之は警告する.
「これはお節介かもしれないが、一つの術を学び続け、脱落していった仲間たちを見ていたからこそ言える言葉です。ぜひ、王国へ戻った際には、あなたの持つ能力を正しく把握してください」
勇輝はその言葉に、肯定も否定もできずにいた。
いつもの自分ならば迷わず縦に首を振っていただろう。だが、魔眼に関してはそう易々と頷くことはできない。何しろ、魔眼の正体を知っているらしき者たちからは、幾度となく「最悪の結末」が起きうることを示唆されていた。具体的に何が起こるかを教えてもらってさえいないが、勇輝の不安を掻き立てるには十分であった。
もしも、自分が正しく学んでいると思い込み、間違った道に進んでしまったらどうなるか。それを考えただけで胸が痛くなる。それならば、何も知らないまま現状を維持した方が、ずっと安全なのではないか。
勇輝は思い切って、広之にそれを伝えてみると、彼は目を閉じて静かに立ち上がった。
「例えば、の話ですが……。危険性にもいろいろあります。ざっくり言ってしまえば、目に見える危険性と目に見えない危険性です」
どちらも文字通りの意味であると広之は言う。
前者の例は、使用する際に体の不調や怪我など、すぐに自覚できる症状の危険性。後者の例は、気付かない内に進行する病気のような危険性。
「撃つたびに倦怠感が出る、という程度ならば問題はないかもしれません。しかし、撃つたびに寿命が縮んでいる、となればどうしますか? 前者はすぐにわかりますが、後者には気付かないかもしれません。その可能性をないだろうと勝手に決めつけて、使い続けるのは愚かだと私は思います」
「そう、ですね」
「学問とは、ただ技術を学ぶだけのものではありません。ただ生きるために使うだけのものでもありません。物事の真理を理解し、それを生の中で活かすために学ぶのです」
物事に利点もあれば不便もある。それをどう判断して使うかが人の知恵というもの。それを学び育てずして、どうして安全に過ごすことができるだろうか。
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