紅の輝きは何物にも染まらずⅠ
アイリスが目を覚ますと、そこは見慣れた伯爵家の部屋の天井だった。
起き上がろうとするが、酸欠に陥った後のような酷い頭痛を感じて、再び枕へと頭を預ける。首だけを傾けて見回すと、サクラやマリー、クレアが周りを囲んでいた。
「目、覚めたみたいだね」
クレアが呟くと真っ先にマリーがベッドへと駆け付ける。そのまま、横から抱き着くとアイリスの髪をわしゃわしゃと撫でまわした。
「マリー、苦しい」
「んー。もうちょっと」
「……ちょっとだけね」
僅かにほころんだ顔を見て、サクラも笑顔で二人を見守る。
そんなマリーの後ろに立つ鬼神。いや、鬼姉クレア。軽く拳骨を見舞うと、襟首を引っ掴んで引き離す。
「ちょ、感動の再会を邪魔するなって」
「どうもこうも、あんたがあそこで油断してへましなければ、こんなことにはなってないでしょうが!」
食って掛かるマリーに対し、両脇腹へと鋭い刺突。もとい指突を行い、悶絶させるとクレアはアイリスへと向き直った。
「あたしの魔法でちょっとばかり、気絶させたけど頭痛以外に変なところはある? 体が動かないとか、上手くしゃべれないとか」
「……特に、ない」
「そう、良かった。極稀にそういう症状が出るときがあるから、極力使わないようにしていた魔法だったんだけど、上手くいって何より。気絶した後のことは、この子たちに聞きなさい」
腹を抱えて蹲るマリーとそれを心配して駆け寄るサクラへ親指で指し示した後、クレアは腕を組んで目を細めた。
「とりあえず、あたしが言っておきたいのはね。一つ、もっといろんな人を頼る。二つ、感情を爆発させても冷静さを失ってまま魔法を奮わない。三つ、冒険者の活動場所を荒らさない。この三つくらい。まぁ、あなたよりもあのバカのせいってところが大きいけどさ。責任の一端がないわけじゃない」
ため息をついてクレアはアイリスの乱れた髪を手で整える。
「今回の戦闘で貴重な薬草の群生地が荒れた。元に戻るには少し時間がかかる。そのことを覚えておきなさい」
「ごめんなさい」
「よろしい。素直な子は嫌いじゃない。後のことはあたしの方で何とかするから、あなたたちはあなたたちのやるべきことをやりなさい」
最後にアイリスの頭を軽く叩くと、クレアはやっと復帰したマリーの額へデコピンを打ち込んで部屋を去っていく。
マリーの抗議の声は扉の閉まる音にかき消された。
「それで、あの後はどうなったの?」
「その……言いにくいんだけどね」
悶絶するマリーの代わりにサクラが語り始めた。
アイリスが崩れ落ちると真っ先に向かったのは、ユーキとサクラだった。
「おい、クレア。アイリスに何したんだ」
「ちょっと、周りの空気を奪っただけだよ。動きの止まった相手程、効率的に気絶させられる」
「……今は解除されてますよね?」
「当然。続けてたら、後遺症が残ったり、死んじゃうからね。あたしも、そこまでするつもりはない」
その言葉にほっとする横で、サクラはアイリスをゆっくりと起こして膝枕する。
「この後は、どうします?」
「あたしのノロマな妹を叩き起こしてさっさと帰るだけだよ。ギルドにこの惨状を知らせるのも含めて時間がかかるけど、それはあたしの仕事」
クレアが振り返ると踏み荒らされ、切り裂かれ、地面ごと吹き飛ばされた薬草の群生地が視界に入る。いくら薬草の再生・成長能力が高いとはいえ、このような荒らされ方をすれば元に戻るまでには時間がかかるだろう。
「ユーキ、覚えておきな。あたしたち冒険者っていうのはね。互いに同じ獲物を取り合って争うことも有る。それでも絶対にやってはいけないこと。それが、これだよ」
クレアの瞳には目の前の群生地を通して、別の景色を見ているかのように感じる悲し気な光が宿っていた。そのまま、目を閉じて言葉を紡ぐ。
「目的の獲物が取れないからと言って乱獲すれば、その種は滅びる。それは植物でも同じこと。むしろ植物が消えれば土地が滅びる。そのことを忘れないでくれ」
目の前でクレアの体が急にふらついた。慌てて、ユーキが支えるとクレアはそのまま体を預けてもたれ掛かる。
「悪いね。流石に魔力消費の少ない魔法とはいえ、無詠唱で無茶をし過ぎた。あたしも少し休ませてくれ」
「わかった。ゆっくり休んでくれ。オーウェンたちはどうする?」
「そうだね。多分、どちらも命に別状はないから、目が覚めるまでそっとしておくといい。どうせ、この先に進む力は、残って、ない……さ」
そう言い残すとクレアもアイリスと同じように意識を失ってしまった。
「……どーする?」
「どうするって……」
「あと二人は起きるまでは動けないかな……。五人も気絶されてたら運べない」
死屍累々とは言わないが、気絶者が半数いる状態で動くことは不可能だ。
「いや、一応、起きてはいる」
「オーウェン!?」
「そう、慌てないでくれ。副会長がケガをした以上、戦闘を継続するのは不可能だ。それこそ狩人が獲物に堕ちるに等しい行為になる」
そう悔しそうに呟くとオーウェンはエリーを背負って立ち上がる。出入口になる穴に向かうと、本来は這って進むような所が戦闘の余波で人が通るには十分な大きさに広がっていた。
「この惨状を作った原因は僕たちにある。冒険者ギルドから何かしらの罰が与えられるだろう。それは甘んじて受け入れる。その岩の先にあるだろうダンジョンの公表は……君たちに任せよう」
潜る直前にそう言い残すとオーウェンは、その穴の先へと消えていった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




