久能Ⅴ
軽く咳き込むフェイに勇輝は恐る恐る魔眼を使うと、胸の下辺りから四肢に向かって幾つもの緑色の光が波打って伸びていくのが映った。
ただ、不思議と嫌な感じはせず、むしろ、何故か安心感すらあった。
「うむ、当分は大丈夫だろう。あまり、無理をし過ぎると体がもたないぞ。若人よ」
「な、何を――――」
まだ混乱の最中なのか、呂律の回らない状態でフェイは雪の中から這い出ようとする。勇輝はそれを助けようと片腕を掴んで引っ張った。
思ったよりもフェイの体は軽く、抜けた勢いでそのまま後ろ倒しになってしまう。刀に触れないようにバランスを保ちながらフェイを受け止めた勇輝は、背中から雪の薄く積もった地面にダイブした。
剣を振り回している伯爵騎士団の中で最も小柄なフェイ。その体は呆気なく勇輝の胸に収まると同時に、蛙の潰れたような声が漏れ出た。
「貴様、何をした。この者は我が国の客人だ。傷つける意図があるならば、老人とて容赦はせん」
國明の宣言に彼を止めた武者以外が刀を抜き放つ。急に殺気立った場に、巫女見習いの娘たちが小さく悲鳴を上げた。
「何、この者の生命力が弱っていたから、分け与えただけのこと。先程、言ったじゃろう? 生命力の塊だと」
「……では、この者の体が弱っていたとでも?」
「それは本人が一番わかっているはず。ほれ、聞いてみればよい」
久能に促され、訝しげな表情になりながらも國明は、フェイへと視線で応えるように訴えた。雪を払いながら、勇輝を助け起こしたフェイは、何度か瞬きすると腕をぐるぐると振り回して、その場で数回跳ねる。
「――――本当だ。すごい体が軽くなってる」
「大方、無理に力を使ったのじゃろう。身に余る力は自身をも滅ぼす。努々、忘れぬことだ」
勇輝の脳裏に、洞津の港を襲った巨大な魔物が過ぎった。フェイは、そこで身体強化の限定解除を発動させ、海の上を走って突撃した挙句、剣から風の塊を放って魔物に致命傷を与えることに成功している。
自分基準で勇輝は考えていたから気付かなかったが、フェイのやっていたことはかなり無茶なことであった。
「ふむ、残りの物はこうして――――ほれ、何かあった時に使うと良い。そこらの薬草よりは効果があるはずだ」
久能の握り込まれた手は未だに強い光を放っていた。推測するに、フェイに全て与えることができなかった生命力だろう。
次に手を開くと、そこには小さな翡翠の勾玉が二つ置かれていた。光もかなり落ち着き、魔眼で見ても平気な光量になっている。
「これはお主に預けておこう」
「い、いやいや、そんな貴重な物を――――」
勇輝がコートに付いた汚れを払いながら立ち上がって、久能の申し出を辞退しようとする。そんな勇輝に押し付けるように久能は、見た目からは想像もつかない速度で近づくと、勇輝のポケットに勾玉を潜り込ませた。
「ついこの前も、君に似たような若者に助けられた。その際にも一欠けら渡したのだ。気になさるな。それに、どうやらお主も、この力を取り込んだことがあるようじゃしな」
「――――は?」
唐突に意味の分からないことを告げられ、思考が停止する勇輝。
久能と会うのは初めて、となると別の誰かが自分にその力を分け与えたということになる。しかし、そんな記憶を勇輝は持ち合わせていない。
思わず桜やフェイなどに目配せするが、当然ながら、二人とも首を大きく横に振るだけだ。
「ほれ、そこの若大将にも」
「なっ!?」
勇輝と同じようにされてなるものか、と近づく久能を躱そうとする國明だったが、逃げられたのはほんの数秒。恐ろしい速度で回り込まれて、しっかりと手で握るように勾玉を掴まされてしまう。
両手で上から久能に軽く力を加えられた國明は、犬のように唸り声をあげて久能を睨んだ。
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