久能Ⅲ
炎が天まで伸び、雲の向こうまで突き抜けるかに思えた。
そう思った矢先、そこには最初から何もなかったように曇天が広がり、上から小雨がパラパラと降り注ぐ。
刀の先に刺さっていた彭侯の姿は灰燼と宣言したように、灰も塵も何一つ残っていなかった。
「よ、良かったんですか?」
「下劣な行動はいつか身を亡ぼす。この程度の証拠がなくとも、李家の者にはいずれ罰が当たる。それよりも、国を守ろうとする者の命の方が大切だ」
甲冑武者は光子に答えると再び黙ってしまう。誰もが突然の出来事に呆気にとられ、口を開くことができない。
その中の一人であった勇輝だが、その肩に手が置かれた。
「ふむ、ご苦労ご苦労。まさか本当に見つけてくれるとはな」
「え゛!? 何でここに久能さんが?」
勇輝たちの宿屋で待っているはずの老人が、いつの間にか勇輝の隣に立っていた。動揺する勇輝やフェイには目もくれず、久能は勇輝のポケットに入っていた印籠を取り出して、満足気に手で握り込む。
「ご老人。その印籠がどのようなものかお聞きしてもよろしいか?」
國明が丁寧に問いかける。尤も、丁寧なのは言葉だけで、既に心刀の鯉口は切っていた。何か不審な動きがあれば、問答無用で斬り捨てるとでも言いたげな目で、久能の顔をじっと見つめている。
久能は持っている手を軽く振ると、空いている手でその手を指差した。
「薬を入れる物じゃ」
「一般的には、でしょう。しかし、それは魔物の能力を強化、活性化する原因になった。ただの薬が入っているとは思えませんね」
「うむ、人間用ではなく、植物用の薬じゃからな。先の魔物も元は木霊のようなものだったのだろう。それで、これから力を吸い取っていたわけじゃな」
探し物が見つかったおかげで機嫌がいいのだろう。好々爺とした雰囲気の笑みを浮かべている。
「それ、本当に中身は薬ですか?」
勇輝は魔眼で久能の手に握られた印籠を凝視する。彭侯に吸い取られたとはいえ、未だにその中に秘められている何かは衰えることを知らないようであった。緑色の光は弱まっているようには見えない。
「そうじゃ。紛れもなく薬だとも。君たちの知る薬と同じかどうかは断言できないがね」
「中を改めさせてもらっても?」
「駄目に決まっておろう。次にこれを開けるのは春だと決まっているからな」
久野ははっきりと告げたが、逆にその内容が勇輝たちを怪しませる原因となっていることに気付いていないようであった。
「何故、ここで開けられないのですか? 開けたら都合が悪いとでも?」
「その通りじゃ。これは冬から春にかけて、木々の命を預かっている大切なものだからな。おいそれと見せるわけにはいかん」
そう宣言した上で久能は印籠の紐を緩めた。
「じゃが、これを取り戻した者に少しくらい見せるくらいならば、彼らも許してくれるだろう。そうじゃな?」
久能の問いかけた先には、いつの間にか足元に集まっていた雪童子。彼らは跳ねながら肯定の言葉を口々に叫ぶ。孫を見るような優しい瞳で雪童子たちを見渡した久能は、印籠を開いた。
同時に勇輝の網膜が焼け付く。光が強すぎて魔眼などとても開いてはいられない。手を翳して視界を遮り、何とか元の視界へと戻すことに成功する。
「ほう、これが何か見えているか。会った時から面白い子だとは思っていたが、なかなか稀有な眼をもっているようじゃ」
印籠から何かを取り出す動きを見せる久能だが、その手には何も乗っていない。正確には肉眼では乗っていないように見えるが、勇輝にはそこに見えない何かがあると感じていた。それは他の者も一緒の様で、何人かは後退り、また何人かは警戒して刀に手をかける。
久能はそんな周囲の反応など気にせずに、何かを揉むような仕草をして真上に振りまくように腕を振り上げた。
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